「老後の備えは万全」。そう信じて疑わなかった家族を、突如として予期せぬ困難が襲います。神奈川県で一人暮らしを送る76歳の男性は、十分な年金と1,200万円もの預貯金がありながら、ある日を境に自らの資産を自由に動かせない事態に陥ってしまいました。超高齢社会で誰もが直面しうる「資産凍結」のリスクと、家族で共有すべき備えについて考えます。
年金月16万円・76歳父、「預金1,200万円」あっても使えない…焦る長男、銀行窓口で途方に暮れる (※写真はイメージです/PIXTA)

2030年には家計金融資産の1割、約215兆円が「凍結」の恐れ

厚生労働省が公表した最新の将来推計(2024年発表)によれば、2040年には高齢者の約15%が認知症になり、軽度認知障害(MCI)を含めると約3人に1人が認知症またはその予備軍になると予測されています。

 

これに伴い、判断能力が不十分な高齢者が保有する金融資産の規模も膨らんでいます。金融庁の有識者会議等でも、2030年には家計金融資産の約1割にあたる「約215兆円」が認知症の人の保有分になるとの試算が、喫緊の課題として共有されています。

 

金融機関は、全国銀行協会の指針に基づき、第三者による不正な搾取を防止するため、取引時の本人確認を厳格に行います。事例のように「意思能力」が曖昧と判断された場合、たとえ実子であっても、定期預金の解約や高額な出金が制限されるのが実情です。

 

厚生労働省によると、2024年12月末時点の成年後見制度全体の利用者数は25万3,941人で増加傾向にあります。しかし、制度の申立てから開始までには数カ月を要し、田中さんのように「今すぐ手続きしたい」という急ぎのニーズには対応できません。「お金はあるのに使えない」という事態に直面し、初めて問題の深刻さに気づく家庭は後を絶たないのです。

 

このようなリスクを回避するためには、本人の判断能力がしっかりしているうちに「任意後見制度」を活用して後見人を指名しておくことや、家族間で財産管理を託す「家族信託」の検討、あるいは多くの金融機関が導入している「予約型代理人指名」などの事前準備が不可欠です。

 

1,200万円という十分な老後資金があっても、本人の主観的な「大丈夫」と、金融機関が求める「法的な意思能力」の乖離を埋める準備がなければ、家族は突然の困難に直面することになります。

 

[参考資料]

厚生労働省「第2回 認知症施策推進関係者会議」(2024年5月8日開催)資料

金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ「事務局説明資料(高齢者など認知・判断能力の低下した顧客への対応)」(2020年2月13日開催)