定年後、相続した実家へのUターン移住を決断するケースも珍しくありません。維持費や空き家問題を解決する、さらに都会からのUターンであれば生活費も安くなるかもしれない――賢い選択に見えますが、プラスの面もあればマイナスの面も。ある夫婦のケースから、シニアの住み替え事情を考えていきます。
「私はイヤだと言ったんです…」周囲が羨む「地方移住」の裏で、夫が妻に突きつけた「残酷すぎる日々」 (※写真はイメージです/PIXTA)

夫の地元にUターン移住した妻の憂鬱

都内の大手メーカーを定年退職した佐藤一郎さん(65歳・仮名)と、妻の恵子さん(62歳・仮名)。1年前から一郎さんの故郷である北関東の山間部で暮らしています。 移住のきっかけは、一郎さんが実家を相続したことでした。 空き家にしておけば、固定資産税や維持管理費がかさむばかり。 それならば生活費の安い地元に戻ったほうがいい――そう判断した一郎さんは、「定年を機にUターンしよう」と提案したのです。

 

当時、恵子さんは明確に反対の意思を伝えていました。

 

「私はイヤだと言ったんです。私も地方から上京した身ですが、東京には30年以上住んでいて、友人のほとんどが東京近郊に住んでいます。通い慣れた持病の病院も近所にありました。それらをすべて捨てて、縁もゆかりもない、最寄りのスーパーまで車でなければ行けない場所へ行く。納得できる理由が見当たりませんでした」

 

しかし、一郎さんは「住居費がかからないし、空気もいい。家庭菜園で自給自足もできる。老後の資金対策にもなる」と、経済的なメリットと環境の良さを強調しました。 恵子さんは最終的に、一郎さんの熱意に押される形で、半ば諦めるように移住を承諾したのです。

 

実際に移住生活が始まると、恵子さんが懸念していた「移動手段」の問題が生活のすべてを支配するようになりました。

 

「私は運転免許を持っていません。東京では電車である程度のところは行けましたが、ここでは夫が車を出さなければ、外に出ることすらままなりません。買い物も通院も、すべて夫の都合に合わせる必要があります。何をするにも夫と一緒……本当、ため息が出ます」

 

一方、夫の一郎さんは地元での生活に馴染んでいるように見えます。

 

「朝から畑を耕してご満悦で、午後は地元の友人とどこかへ行ってしまうことも多い。近所の方が訪ねてきても、私を名前で呼ぶ人はおらず、常に『佐藤さんの奥さん』として扱われます。ここでは常に夫の付随物でしかないんです、私」

 

ある日、恵子さんは「月に一度でいいから、東京に遊びに行きたい」と相談しました。 しかし、一郎さんは「そんな贅沢をするなら、もっとこっちに馴染む努力をしたほうがいいよ」と否定的でした。

 

「私がどれほど我慢しているか、あの人はわかっていないんですよ。引っ越してくる前、友人たちにはすごく羨ましがられました。自然環境が良くて、生活費も安くて。でも私にとっては何の価値もないんです」