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銀行窓口での勧誘と「新NISA」への一括投資
都内・大手企業で働いていた松本和夫さん(65歳・仮名)。60歳定年時に退職金2,000万円を受け取りましたが、「老後の安全のために、絶対に手を付けないお金」と心に決めているそうです。現在は月額18万円の年金を受け取りながら、同い年の妻とふたり暮らし。住宅ローンも完済し、公的年金と退職金を除く貯蓄で、計算上は特段の不自由なく老後を過ごせるはずでした。
しかし2年前、和夫さんが生活費を引き出すために訪れた近隣の銀行窓口での出来事で状況は一変します。窓口の担当者は、松本和夫さんの口座に退職金が振り込まれていることを確認すると、別室での資産運用相談を提案しました。
「今はインフレの局面です。現金のまま置いておくと、実質的な価値は目減りしてしまいます。新NISAという制度をご存じでしょうか。運用益が非課税になる今、始めない手はありません」
担当者はタブレット端末を使い、過去10年の世界株価指数の上昇率を示しました。和夫さんはこれまで投資経験が一切なく、資産のすべてを定期預金と普通預金で管理してきました。しかし、担当者から「プロに任せる投資信託なら、銘柄選びの必要はない」「年利5%程度の運用は十分に狙える」という説明を繰り返し受け、考えが変わったといいます。
「銀行の方がこれほど勧めるのだから、預金よりはましだろうと判断しました。元本割れのリスクについても説明はありましたが、『長期で持てば回復する可能性が高い』という言葉を強調されたため、深くは気に留めませんでした」
和夫さんは、新NISAの「成長投資枠」240万円と、特定口座(課税口座)を合わせて計1,200万円分、銀行が推奨する「全世界株式型」と「先進国成長株」の投資信託をそれぞれ600万円ずつ購入しました。
運用開始から2カ月は順調に推移し、評価額は数十万円増加しました。しかし、夏になると局面が急変。米国の雇用統計の結果を受けた景気後退懸念と、急激な円高進行が重なり、和夫さんが保有するファンドの基準価額は急落しました。
「数日のうちに含み益が消え、マイナスに転じました。お盆休みが明けるころには、1,200万円あった評価額が1,000万円を切っていました。わずか4カ月で、200万円が消えてしまったのです」
和夫さんは狼狽し、銀行の担当者に連絡を入れました。担当者からは「今は我慢の時です。ここで売却すると損失が確定してしまいます」となだめられました。しかし、松本さんにとっての200万円は、夫婦の生活費約1年分に相当する重い金額です。夜も眠れず、これ以上減ったら妻との老後が破綻するという恐怖に耐えきれなくなり、和夫さんは最も下がったタイミングで全額を解約し、売却してしまったのです。
そのあと、市場は劇的に回復し、株価は元の水準を超えて上昇しました。「持ち続けていれば損はなかった」という現実に、和夫さんはさらなる衝撃を受けました。確定してしまった200万円の損失は、もう戻ってきません。
「私には投資は無理だった。妻には今も、この損失を打ち明けられずにいます」