(※写真はイメージです/PIXTA)
毎日の電話が「安否確認」にすらなっていなかった現実
神奈川県内の市営団地。築50年を超え、外壁の塗装が剥げ落ちたコンクリートの集合住宅の一室で、斉藤美津子さん(81歳・仮名)は亡くなりました。死後2日。発見が早かったのは、都内のIT企業で働く長男の斉藤太郎さん(54歳・仮名)が、毎晩欠かさず電話を入れていたからです。
「夜の8時半、それが僕と母の決まった連絡時間でした。母はいつも『今、テレビを観ていたところよ。ご飯もしっかり食べたから大丈夫。仕事、無理しないでね』と明るい声で答えていました。その日の夜、初めて電話に出なかったので、嫌な予感がして翌朝、駆けつけたんです」
太郎さんは独身で、仕事の多忙を理由に実家を訪れるのは年に2、3回程度でしたが、電話だけは欠かしませんでした。しかし、警察の立ち会いのもと入った部屋で目にしたのは、電話越しの言葉とは真逆の光景でした。
キッチンには、安価なカップ麺の容器やコンビニエンスストアの袋。冷蔵庫を開けると、中には飲みかけのペットボトルの水と少量の調味料があるだけで、自炊をしていた形跡はありませんでした。
仏壇の脇には、古い缶が置かれていました。中には、数百枚におよぶ100円玉が山積みになっています。通帳を確認すると、年金は振り込まれたまま数ヵ月間、引き出された形跡がありませんでした。
美津子さんは足が悪くなり、駅前の銀行ATMまで歩くことが困難になっていました。お札を崩して買い物をするには、まず現金を引き出す必要がありますが、その外出自体ができなくなっていたのです。結果として、かつて貯めていた「小銭貯金」や手元にあったわずかな現金を100円単位で切り崩し、団地の自販機や近所の商店で買えるものだけで食いつないでいたと考えられます。
太郎さんがさらに衝撃を受けたのは、居間の座布団の下から見つかった数枚のメモ書きでした。そこには、太郎さんへの電話で話すべき内容が箇条書きにされていました。
〈今日は肉を食べた〉
〈近所の人と散歩に行った〉
実際には家から出られず、足の痛みで動けなくなっていたにもかかわらず、息子に心配をかけまいと、電話で伝えるための「架空の日常」をメモしていたのです。
「僕は毎日電話していることで、親孝行をしているつもりになっていました。でも、母は僕を安心させるために、このメモを読み上げていただけだったんです。声だけで判断して、一度も部屋の様子を見に来なかった。母が一人で100円玉を数えながら、どんな思いで僕の電話を待っていたのか。取り返しのつかないことをしました」