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居場所のないマイホーム…朝5時の「うるさい」から始まった拒絶
65歳を迎えた夫Sさんの退職の日。職場でもらった花束を持って帰宅すると、妻Mさんだけでなく、娘二人とその家族が待っていてくれました。
「パパ、いままでありがとう。おつかれさまでした」
妻の言葉につい涙ぐむ夫Sさん。家族全員で食卓を囲み、幸せな退職の夜を過ごしました。
「こんなに家族に祝福されて退職できるなんて、俺は恵まれている。離婚したせいで一人寂しく家で過ごしたという先輩も大勢いたというのに」
その夜、夫Sさんは満たされた気持ちで眠りにつきます。
最初の3日こそ、会社員生活のストレスから解放された気分は最高でした。しかし次第に、毎日が日曜日のような生活に夫Sさんは戸惑うようになります。会社員時代は朝5時に起き、6時には自宅を出る生活でした。7時前に会社に到着するとすぐに業務を開始し、8時過ぎに出勤してくる部下たちを迎えて、元気よく挨拶をして声掛けをする、そのような習慣で社内で人望を得てきたのです。
いつものように朝5時に起きると、妻がいいます。「うるさい。7時まで寝ていてちょうだい」以前は夫と同じように朝5時に起きて食事の支度をしてくれていた妻は、一向に起きようとしません。「え……勤めていたときと同じように朝起きてコーヒーを入れているだけなのに? うるさいって?」夫Sさんは妻の言葉に驚いてしまいます。
「そんな言い方をする人ではなかったのにな……」
退職後1ヵ月もすると、夫婦の雰囲気は一変したように夫Sさんには思えました。家の中に自分の居場所がどこにもないことに気づきはじめます。
「今日の昼飯はなにかな?」と妻に話しただけで、妻は少しイラっとするのがわかりました。「いまからジムに行くから、適当に冷蔵庫のものを食べておいて」妻Mさんには、PTA時代からの友人とのランチ、ヨガ、ボクササイズのジム、そして週3日の友人が経営するカフェでのアルバイトと、充実したスケジュールがありました。一方で、夫Sさんのスマホに届くのは、健康食品会社からのダイレクトメールばかり。誰からも電話もメッセージも届きません。
よかれと思って始めたキッチンでの手伝いも、裏目に出ました。皿を洗っておいたSさんに対し、「洗い残しがあるし、スポンジの使い分けもめちゃくちゃ。二度手間だから、触らないでほしいの。どうせできないんだから」と切り捨てられます。妻の言葉は、決して怒鳴り散らすようなものではありません。しかし、その冷静な拒絶は、会社で部下に慕われていた夫Sさんのプライドを、ひとつひとつ丁寧に削っていきました。
「これが例のモラハラというものではないのか」暇つぶしにみていたSNSで「定年後に夫が毎日家にいてうざい」というポストを見かけ、コメント欄を見入ってしまいました。「収入もなくなったのに威張り散らす」「私のあとをついてくる」「帰宅は何時だ?とか聞いてくる」「外出先からの定時連絡を要求していて部下扱い」「ジジイに愛想が尽きた」など、どれも辛辣なもの。聞いてはいたものの、まさか自分が同じような立場になっているとは、とショックを受けます。
「自分が知っている妻とは違う。いや……自分が本当の妻を知らずにこの年になっていたのか?」