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統計には表れない「熟年家庭内別居」という選択
いままで自分は家族のなにを見てきたのだろうという自己嫌悪に囚われたSさん。定年退職するまで、妻は若いころのようにずっと自分に頼り、自分を支えてくれる存在だと思い込んでいました。子育てをし、パートで働いて家計を助け、内助の功を地で行くような存在であると。
しかし、実際は違ったのです。妻は自分自身の人生のなかで経験を積み、成長し、社会性を磨き、夫とは違う人生を築き上げてきました。23歳の新婚時の妻とは違って当然です。夫が子育てをはじめとした家庭のなかでの役割を果たさず、それに対する静かな諦めが妻Mさんのなかに定着してしまっていたことさえ気づきませんでした。
定年退職後に妻の態度が急変したのではありません。初めて妻のことを見たのが定年退職後だったのです。結婚して35年間も、妻とは別の人生を歩んでいたというのが現実です。自分は仕事をしてお金を稼いでいる、だからその役割だけで家庭での役割を放棄してもいいのだと、昭和生まれの夫はつい考えがちです。その結果が悲惨なものになることにも気づかずに。
夫Sさんはこうも思います。「だって、自分の母親から、男は仕事で価値が決まると教わったんだ」。男性の多くは、母親から教わった価値観を大人になっても持ち続けるもの。昭和40年代、50年代の父母世代の価値観を持ち続けて仕事を頑張った結果、気づいたら家庭は壊れていたというのは、なんとも悲しいものがあります。
かといって、夫Sさんは妻との離婚は考えられません。世間体もあるし、なにより財産分与されると生きていけません。退職金2,200万円とそのほかの預貯金、そしてマンションの値段が超高額なので、その価値を含めて財産を半分にすると、妻は快適な人生となりますが、夫Sさんはとたんに困窮することになります。妻も、2人の年金と預貯金を自由にでき、夫が亡くなったら死亡保険金も受け取れるので、離婚する理由がないだけだろうと夫Sさんは考えています。
「こうなったら、妻の人生の邪魔をしないよう、空気のように生きようか……」
夫Sさんは、自分の食事の支度を妻には一切頼まないことにしました。洗い物をしなくて済むように食事は常に外食で済ませ、洗濯物は近所のコインランドリーへ行くように。自宅にいるだけで邪魔なのだろうと思い、日中は図書館や、ビジネスホテルのデイユースを使って気ままに過ごします。それについて妻はなにも質問してきません。
妻が不倫相手と旅行に行く際は、夫Sさんが車にスーツケースを積み、駅まで送り届けることも。妻は妻で一応気を遣うのか、旅行先の銘菓をお土産に買ってくるので、そのときは一緒に食べます。つい先日も、函館へ行った妻は、有名菓子店のバターサンドなどを買ってきてくれました。なぜだか味はしませんでした。
夫婦仲は断絶こそしていませんが、まさに家庭内別居です。「考えてみれば、別にどうということはない。結婚してから35年間、ずっと家庭内別居ともいえる状態を作ってきたのは自分ですから」夫Sさんはそういいます。
熟年離婚は増えているけれど、統計に一切表れない「熟年家庭内別居」はもしかしたら相当な数になるのかもしれません。
長岡理知
長岡FP事務所
代表