厚生労働省の「令和6年(2024年)人口動態統計」をみると、現代の夫婦が直面している現実が浮かび上がります。同居期間30年以上の離婚、いわゆる「熟年離婚」はこの20年あまりで2.3倍に急増。2000年代初頭には年間約1万組だったものが、現在は約2万3,000組を超えています。一度結婚すれば添い遂げるのが当たり前だった価値観は、もう過去のものになりつつあります。30年という歳月は、子育てを終え、住宅ローンを完済し、夫が定年を迎える時期と重なります。定年退職を迎え、夫婦で第二の人生を楽しもうと思った矢先、家庭が崩壊してしまったということです。特筆すべきは、最高裁判所事務総局による「令和6年司法統計」の離婚動機の統計です。夫側の動機第2位に「妻からの精神的虐待」がランクインするようになりました。かつては「亭主関白」の末に妻から愛想を尽かされるのが熟年離婚の定番でしたが、令和の現場では妻からのモラハラも増加しているのです。定年退職という人生の転換期を境に、夫は妻の知らなかった側面を知り、冷徹な拒絶や無視に晒されて精神的に追い詰められる……。そんな事例を紹介します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
【退職金2,200万円】定年退職日に全員集合してくれた家族の祝福に涙ぐむ大手メーカー65歳元部長…3ヵ月後、“内助の功の妻”による「20年越しの裏切り」発覚。だけど「見なかったこと」にしたワケ (※画像はイメージです/PIXTA)

統計には表れない「熟年家庭内別居」という選択

いままで自分は家族のなにを見てきたのだろうという自己嫌悪に囚われたSさん。定年退職するまで、妻は若いころのようにずっと自分に頼り、自分を支えてくれる存在だと思い込んでいました。子育てをし、パートで働いて家計を助け、内助の功を地で行くような存在であると。

 

しかし、実際は違ったのです。妻は自分自身の人生のなかで経験を積み、成長し、社会性を磨き、夫とは違う人生を築き上げてきました。23歳の新婚時の妻とは違って当然です。夫が子育てをはじめとした家庭のなかでの役割を果たさず、それに対する静かな諦めが妻Mさんのなかに定着してしまっていたことさえ気づきませんでした。

 

定年退職後に妻の態度が急変したのではありません。初めて妻のことを見たのが定年退職後だったのです。結婚して35年間も、妻とは別の人生を歩んでいたというのが現実です。自分は仕事をしてお金を稼いでいる、だからその役割だけで家庭での役割を放棄してもいいのだと、昭和生まれの夫はつい考えがちです。その結果が悲惨なものになることにも気づかずに。

 

夫Sさんはこうも思います。「だって、自分の母親から、男は仕事で価値が決まると教わったんだ」。男性の多くは、母親から教わった価値観を大人になっても持ち続けるもの。昭和40年代、50年代の父母世代の価値観を持ち続けて仕事を頑張った結果、気づいたら家庭は壊れていたというのは、なんとも悲しいものがあります。

 

かといって、夫Sさんは妻との離婚は考えられません。世間体もあるし、なにより財産分与されると生きていけません。退職金2,200万円とそのほかの預貯金、そしてマンションの値段が超高額なので、その価値を含めて財産を半分にすると、妻は快適な人生となりますが、夫Sさんはとたんに困窮することになります。妻も、2人の年金と預貯金を自由にでき、夫が亡くなったら死亡保険金も受け取れるので、離婚する理由がないだけだろうと夫Sさんは考えています。

 

「こうなったら、妻の人生の邪魔をしないよう、空気のように生きようか……」

夫Sさんは、自分の食事の支度を妻には一切頼まないことにしました。洗い物をしなくて済むように食事は常に外食で済ませ、洗濯物は近所のコインランドリーへ行くように。自宅にいるだけで邪魔なのだろうと思い、日中は図書館や、ビジネスホテルのデイユースを使って気ままに過ごします。それについて妻はなにも質問してきません。

 

妻が不倫相手と旅行に行く際は、夫Sさんが車にスーツケースを積み、駅まで送り届けることも。妻は妻で一応気を遣うのか、旅行先の銘菓をお土産に買ってくるので、そのときは一緒に食べます。つい先日も、函館へ行った妻は、有名菓子店のバターサンドなどを買ってきてくれました。なぜだか味はしませんでした。

 

夫婦仲は断絶こそしていませんが、まさに家庭内別居です。「考えてみれば、別にどうということはない。結婚してから35年間、ずっと家庭内別居ともいえる状態を作ってきたのは自分ですから」夫Sさんはそういいます。

 

熟年離婚は増えているけれど、統計に一切表れない「熟年家庭内別居」はもしかしたら相当な数になるのかもしれません。

 

 

長岡理知

長岡FP事務所

代表