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デパ地下紙袋、駐車場パトロール、外商カード…タワマン住人としての同調コストが肥大
最初は「ロビーで浮かない程度に」と始めた買い物が、いつの間にか「隣の住人に勝つため」の軍拡競争へと変質していきました。
彼女たちがまず手を出したのは、「デパ地下の紙袋」という名の見栄です。仕事帰り、職場の最寄り駅にあるスーパーで買えば済むものを、わざわざ電車を乗り継いでデパートの地下へ向かいます。一粒800円の苺、一切れ2,000円の西京焼き。それらを詰め込んだデパートのロゴ入り紙袋を両手に下げてタワマンのロビーを横切るとき、彼女たちは自分がこの建物の正当な主であると実感できました。中身の味など二の次です。彼女たちが食べていたのは、食材ではなく「記号」だったのです。
次に気になったのは、自分たちそのもの。鏡に揃って映るのは、ケアが行き届いていない中年女性でした。エレベーターで完璧に作り込まれた「港区の住人」たちと並んだとき、自分たちの肌の質感や髪の艶が、あまりに生活感で溢れていることに恥ずかしくなりました。
「下町の生まれで、ただの会社員であることがバレてしまう」そう考えて焦った二人は、高級エステと、指名料だけで大枚が飛ぶヘアサロンに通い詰めました。墨田区時代は子供時代から通う理容店でおじさん客の横で切っていた髪に、毎月5万円を投じる。それは美容への関心ではなく、「下層に落ちることへの恐怖」を打ち消すための儀式に過ぎません。
見栄はさらに増幅していきます。免許すら持たず、これからも取る予定のない二人が、夜な夜な行う「日課」がありました。地下駐車場のパトロールです。整然と並ぶベンツ、ベントレー、フェラーリ。二人はネットで車について調べながら、住民の所有車を品定めしていきます。「あの奥様、また車をゲレンデに替えたみたい。前の白より、いまのブラックのほうが港区らしいわよね」港区らしいとは?と思わず指摘したくなるようなセリフを毎日のように口にします。
職場の昼休みには、さらに歪な虚栄心が炸裂しました。
「うちのマンションの地下駐車場、大きな車ばっかりで圧迫感がすごくて嫌になっちゃう」
同僚たちにそう零しながら、心の中では優越感に浸ります。実際には、彼女たちは駐車場の高級SUVの純正ホイールがいくらするのかさえ知らないというのに、「タワマンの住人」という主語を使うことで、自分たちの価値を100倍に膨らませてみせたのです。
浪費の極みは、無理をして手に入れた百貨店の外商カードでした。月収25万円程度の会社員には本来縁のないものですが、タワマンをキャッシュで買った際の残高証明を武器に審査を通しました。
デパートのお帳場サロンで、一杯の無料コーヒーを飲みながら、担当者に「なにか面白いものはない?」と問いかけると、愛想よく対応してくれます。「このピアジェの時計、私たちのマンションの一室分くらいの値段よ」「いいじゃない。いつか買うリストに入れておきましょう」当然、買えるわけもありません。姉妹はいまも月収25万円の会社員なのです。
手元に残ったのは、買うはずもない高級品のカタログと、それ相応の格好を維持するために買い揃えた、袖を通すこともないブランド服の山。そしてクレジットカードの利用金額の数字は増えていくばかりです。当然、クレジットカードの毎月の請求は預貯金から払うことになります。どんどん預貯金が減っていくことにさえ気づきません。肥大化する自意識を抱えた姉妹は、もはやメタ認知が崩壊し、家計の収支を冷静に計算することすらできなくなっていました。
姉妹が恐れているのは、預貯金がなくなることではありませんでした。
「もしここを売ったら、私たちは、なんて呼ばれる存在に戻ってしまうのか」
そう、誰からも相手にされない透明人間に再び戻ること。その恐怖こそが、彼女たちを自分を見失った根本原因でしょう。生活が苦しくなったら、マンションを売却すればまた億単位のお金が入ってくる――。しかし、それでは「お金しか残らない透明人間」になってしまいます。