「現金派は時代遅れ」「キャッシュレスこそが賢い選択」そんな風潮が当たり前になった今、あえて分厚い札束を持ち歩く富裕層がいます。彼らが恐れるのは、デジタルの利便性に隠された「見えないコスト」と、有事の際のリスクです。本記事では、FPの川淵ゆかり氏のもとへ寄せられたAさんの事例から、現代人が忘れているお金の本質と、資産を守るための危機管理術を学びます。※事例は、プライバシーのため一部脚色して記事化したものです。
どれだけキャッシュレス化が進んでも…43歳長男驚愕。年収3,000万円・資産3億円の72歳父の財布にはいつも「1万円札が20枚」、富裕層があえて「現金」を使い続けるワケ【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

経営者だからこそみえる「キャッシュレスのコスト」

息子が食い下がると、Aさんは真面目な顔つきに戻り、二つ目の理由を語りはじめました。

 

「うん、まぁ、ああいったカード類で買い物をすると、カード会社やら銀行やらにこっちの趣味趣向が知られる気がしてね。まぁ、問題はないと思うんだけどね。それに昔、税務調査で口座を全部ひっくり返されたことがあってな。金融機関に履歴が残る、というのも嫌なんだよ」

 

さらにAさんは続けます。

 

「銀行といえば、連休明けにシステム障害で振り込みができなくなって、会社でも大騒ぎになったこともあったじゃないか。古いと思われるかもしれないが、ITやらAIやら便利にはなっていくようだけど、自分にはどうしても信用できないところもあるんだよ」


今日は気分がいいのか、饒舌になったAさんは水割りをおかわりしながら、さらに経営者視点での「キャッシュレス論」を展開します。

 

「お前はこうやって飲みに来たらカードで払うんだろ。そういったキャッシュレスが物価上昇につながるのを知っているかい?」といいます。

 

「え? だって、カードで払うとポイントが付いたり、キャンペーンなんかでキャッシュバックもあったりするじゃないか。得なんじゃないの?」息子が反論すると、Aさんは諭すようにいいました。

 

「キャッシュレス決済には、クレジットカード手数料が3〜5%必要だし、QRコード決済にも加盟店手数料が必ず発生するだろ。店側はこのコストを吸収できないから最終的に商品価格に転嫁するのさ。ポイント還元やキャンペーンは結局は“事業者のマーケティング費用”だよ。消費も刺激するけど、キャンペーンが終わっても値段はもとに戻らないだろ」

 

Aさんは自身のグラスをみつめながらいいます。

 

「経営者ってのはどうしてもこういったコスト感覚が抜けないんだよ。それにカードだとついつい使いすぎないかい? 自分も歳だからな。飲みすぎ防止のためにも現金で払ってるんだよ(笑)」

「黒字でも会社は潰れる」銀行の手のひら返しと現金の重み

笑って話していたAさんでしたが、ふと表情を引き締め、息子を見据えました。ここからが、今日一番伝えたかったことのようです。

 

「『どんなに赤字でも現金さえ尽きなければ倒産しない』という話を聞いたことはないかい? 逆に黒字でも現金が尽きれば倒産することだってあるんだよ」

 

いわゆる“黒字倒産”の話です。


「バブルがはじけたあとにはね、うちの会社も傾いて本当に大変だったんだ。ほかに倒産した会社の話もけっこう聞いたよ。銀行なんかも多くの不良債権を抱えちゃってね、すごく慎重になって、企業への貸し出しに急に渋くなってな」

 

Aさんの脳裏には、当時の苦い記憶が焼き付いています。

 

「あのときの銀行の手のひら返しは絶対に忘れないよ。でも仕入れ代金や従業員の給料の支払いはしないといけないだろ。おじいちゃんやら友達やらに頼みまくって現金をかき集めて支払ったんだよ」

 

「あぁ、いまだとファクタリング会社で売掛金を現金にできるけど……。でも売掛先の信用によっては手数料なんかも違うしね。確かに経営者としては現金は大事かもね」と息子も納得した様子です。

 

「現金を持っていて得したこともあったよ。バブルで土地が値上がりしていたときにね。不動産屋にまとまった現金をみせてね。即決値引きで欲しかった土地を手に入れたこともあった。現金の破壊力だよ。値下がり前に売り抜けてね。あれは儲かったな(笑)」