「子供には最高の教育を受けさせたい」その一心で、自身の老後資金を削ってまで高額な塾代や学費を捻出する親世代は少なくありません。そこには、「手塩にかけて育てれば、将来きっと自分たちを助けてくれるはず」という、無意識の期待が隠れていることもあります。本記事では、FP事務所MoneySmith代表の吉野裕一氏が、勝也さん(仮名)の事例とともにインフレ・年金減額時代における「教育費」と「老後資金」の正しいバランスを考えます。※個人の特定を避けるため、事例の一部を改変しています。
老後資金ゼロでも「息子は東大卒だからなんとかしてくれる」…年金14万円・65歳元タクシー運転手、久しぶりに帰省してきた〈月収97万円・35歳息子〉の開口一番に凍りついたワケ【FPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

エリート街道を歩む自慢の息子からの、冷徹な「NO」

そして迎えた正月。年末から帰省していた直哉さん一家と、おせち料理を囲んでいたときのことです。孫二人にお年玉を渡し、その喜ぶ顔に目を細めていた勝也さんでしたが、その日まだ会話を交わしていなかった直哉さんと二人きりになった際、本音が口をついて出ました。

 

「父さんも引退して年金暮らしだろ。正直なところ、豪華なおせちやお年玉を用意するのも一苦労でな……」

 

遠回しに窮状を訴えた勝也さんに対し、直哉さんの返答はあまりにも素っ気ないものでした。

 

「お父さんさ、もっと自分の人生設計はちゃんとしておかないと。うちもいまは、子どもたちの習い事でお金がかかるし、いろいろと物入りなんだ。我が家も厳しいからね」

 

勝也さんはなにも返せず、ただ黙り込むしかありませんでした。

期待しないと思っても、期待してしまう我が子

「子どもの世話になりたくない」という親世代の声はよく聞きます。しかし、勝也さんのように高額な教育費を優先するあまり、「老後資金の準備」が後回しになっているご家庭は少なくありません。

 

ここで重要になるのが、「お金の価値」に対する理解です。日本では長らく、学校などでお金に関する教育がされてきませんでした。そのため、多くの人が「お金の額面(名目)」と「実際に買える物の量(実質)」の違いを意識できていません。


額面は同じでも、物価が上昇(インフレ)すれば、同じ100万円で買えるモノやサービスの量は減ってしまいます。つまり、お金の価値が目減りするのです。日本では長期間、物価も賃金も上がらないデフレが続いていたため、現金のまま銀行に置いておいても大きな問題はありませんでした。さらに、高度成長期時代を経験した世代は、働いていれば収入が増えていくという認識が根強く、インフレを意識しづらい背景があります。しかし、時代は変わりました。

 

物価は上昇し、公的年金には「マクロ経済スライド」という仕組みが導入されています。これは、現役世代の人口減少や平均余命の伸びに合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みです。物価が上がっても、年金受給額はそれと同じようには増えません。つまり、年金だけで生活を維持することは、構造的に難しくなっているのです。

 

かつてのように「預金と保険」だけで資産形成ができる時代は終わりました。直哉さんの言葉は冷たく響いたかもしれませんが、「自分の人生設計は自分で守る」という指摘自体は、いまの時代、的を射ているといわざるを得ません。

 

幸い、現在はNISAやiDeCoといった、国が用意した税制優遇制度が充実しています。若いうちからこうした制度を活用し、インフレに負けない資産作りを行うこと。そして、教育費と老後資金のバランスを見極めること。子どもへの最大のプレゼントは、教育費をかけすぎることではなく、親自身が経済的に自立し、笑顔で老後を過ごす姿をみせることなのかもしれません。

 

 

吉野 裕一

FP事務所MoneySmith

代表