親の老いは、ある日突然目の前に現れます。元気だと思っていた父が、通帳の置き場所を忘れ、同じ話を何度も繰り返す。そんな小さな変化を「年のせい」と片づけた結果、取り返しのつかない事態に直面する家族も少なくありません。ある女性のケースをみていきます。
お父さん、ごめん…「まだ大丈夫」と信じた48歳娘の後悔。元銀行員の父が1,000万円を失った日 (※写真はイメージです/PIXTA)

データから読み解く「判断力の揺らぎ」…家族が直面する「見えない壁」

加藤さんの後悔は、決して特別なものではありません。現代の日本において、高齢者の「判断力の低下」とそれに伴うトラブルは、統計上も顕著な課題として浮き彫りになっています。

 

消費者庁『消費者白書』(令和5年版)によると、消費生活相談全体に占める70歳以上の割合は極めて高く、特に「訪問販売」や「電話勧誘」によるトラブルが後を絶ちません。その多くが、加藤さんの父のように、周囲からは「しっかりしている」と思われていた高齢者がターゲットにされています。

 

また、内閣府『高齢社会白書』では、認知症予備軍とされる「軽度認知障害(MCI)」の高齢者が激増していることが指摘されています。MCIの段階では、日常生活に支障がないように見えても、資産管理や複雑な契約といった「高度な判断」から先に崩れていく傾向があります。

 

ここで重要なのは、官公庁の資料でも強調されている通り、「本人に自覚がない」点です。金融庁『高齢者取引に関する基本的考え方』などの資料では、金融機関に対しても、顧客の認知機能に疑いがある場合の慎重な対応を求めていますが、家族が介入しない限り、水際で防ぐことは困難です。

 

高齢者トラブルの多くは、「認知症になった人」ではなく、「まだ大丈夫と思われている人」に起きています。判断力の低下は、医学的診断よりも先に、日常生活のなかで始まるのです。

 

一方で日本社会では、「親を疑う」ことへの心理的抵抗が根強く、家族の介入が遅れがちです。親の資産を守るために必要なのは知識だけではなく、家族が元気なうちから「お金の透明性」を共有できているかどうか。後悔を減らすための備えは、制度でも契約でもなく、日常会話のなかから始まるといえるでしょう。