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亡き夫の遺言「この金は銀行口座に入れるな」
地方都市の閑静な住宅街に住む洋子さん(82歳)。英明さんの母親です。
洋子さんの亡き夫は、一代で建設会社を興した地元の名士でした。豪快でワンマン、社員や取引先には気前よくお酒を飲ませ、毎週末のゴルフで仕事を取ってくる、そんな名物社長だったのです。広い屋敷には常に人の出入りがあり、お中元やお歳暮の時期には玄関が贈り物で埋め尽くされるほど。洋子さんは従業員や取引先の顔と名前をすべて覚え、完璧な振る舞いで「社長の妻」としての役割をまっとうしてきました。
しかし、6年前に夫が急逝すると、その華やかな生活は一変します。会社は長男の英明さんが継ぎましたが、時代は変わり、先代のような派手な付き合いはなくなりました。夫を慕って訪れていた人々も潮が引くように去り、広すぎる屋敷に洋子さんはたった一人、取り残されました。
実は洋子さんには、夫の死後、相続の手続きでも内緒にしていたお金がありました。納戸のさらに奥の金庫に置かれた、帯封のついた大量の札束です。その額、8,280万円。夫が帳簿には載せなかった、いわゆる「裏金」です。
「いいか、これは会社の非常用資金だ。銀行に入れると税務署がうるさい。絶対に家の外に出すな」
生前の夫が、注意深く洋子さんにそういっていました。会社を継いだ長男の英明さんは、学生のころから優等生で真面目な性格です。「お父さんもお母さんも脱税をしていたのか」と軽蔑されることを恐れた洋子さんは、このお金の存在を隠し通すことにしました。
この秘密の現金は一切使うこともできず、納戸の奥にある金庫に入ったまま。「自分が死んだあとでこのお金が発見されたら大変なことになる、でも誰にも相談できない……」8,280万円の現金派、洋子さんの心の重荷になっていました。
1年前、「好青年」とのファーストコンタクト
長男・英明さんは会社経営に忙しく、めったに実家に戻ってきません。会話をすることもほとんどなく、洋子さんは何日も誰とも話さないということが珍しくありませんでした。
そんな洋子さんの心の隙間に忍び込んだのが、「サトウ」と名乗る男でした。出会いは、ある秋の日の午後。洋子さんが一人で庭の松の手入れをしていたときのことです。
「こんにちは。立派な松ですね。奥様がお手入れされているんですか?」
声をかけてきたサトウは、30代半ばくらい。清潔感のあるベージュのチノパンに、淡いブルーのポロシャツ。色白の肌に爽やかな笑顔。その姿は介護士か理学療法士のようで、穏やかで優しい佇まいでした。
「地域の高齢者支援のアンケートで回っているんです。怪しいものではありませんよ」
サトウは名刺(架空の団体名『地域連携サポートセンター』)を差し出しました。サトウは行政が行き届かない、介護の必要がない元気なお年寄りにこそ話し相手と支援が必要だと説明します。さらに、「危ないですから」と脚立に登り、洋子さんが届かなかった高い枝を鮮やかに切り落としてくれたのです。
「また近くを通ったら、様子をみにきますね」お礼をいう洋子さんに、サトウは爽やかに手を振って去っていきました。これが、1年後に全財産を奪うことになる詐欺師との、最初の接触でした。