令和6年の新紙幣発行に伴い、「古いお札が使えなくなる」といったデマを口実にした詐欺相談が急増しました。財務省や金融庁も注意喚起を行っていますが、社会の急速な変化についていけない高齢者は、情報の空白地帯にいます。「タンス預金が没収される」という荒唐無稽な嘘を、なぜ信じてしまったのか。本記事では、洋子さん(仮名)の事例とともに、経済ニュースが悪用された時間を掛けた詐欺手口を長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
後ろめたかったんです…年金月12万円・82歳母が誰にも言っていない「タンス預金・8,280万円」を奪われたワケ。さらなる追い打ち「脱税疑い」で税務署の追及、56歳長男を襲う〈最悪の二次災害〉 (※画像はイメージです/PIXTA)

息子よりも優しく頼りになる男

それから、時折サトウが訪問するようになりました。サトウはひたすら洋子さんの「生活の不便」と「心の寂しさ」を解消することに徹したのです。

 

「まだ自立した生活ができるのに、スーパーで買い物をすると袋を持てなくて大変で」洋子さんはそんな他愛もない話をサトウにするようになりました。電球の交換、重い荷物の移動、建付けの悪い網戸の修理、そしてスーパーへの付き添い。サトウは嫌な顔一つせず、汗をかきながら手伝います。「息子はこんなことしてくれないのよ」と零す洋子さんに、サトウは「社長さんはお忙しいでしょう。こんな些細なことで呼び出しては、かえってご迷惑ですよ。僕がついでにやりますから」と優しく諭しました。

 

なにより、サトウは洋子さんの「夫の自慢話」において、最高の聞き手でした。息子は「またその話か」と嫌がるような夫の武勇伝や苦労話。サトウは目を輝かせて聞き、「すごいですね」「洋子さんの力でご主人は出世したのですよ」と称賛しました。

 

いつしかサトウは、洋子さんのことを下の名前で呼ぶようになっていました。洋子さんは、サトウが家にくるのか待ち遠しく思うように。今日来ることがわかると軽食を用意したり、お土産を用意したり……。

ついに「クロージング」を始めるサトウ

こうして1年が過ぎ、信頼関係が完全に出来上がったころ。サトウは仕掛けました。テレビで「新紙幣発行」や「マイナンバー」のニュースが流れていたタイミングです。「あの紙幣は紙くずになるのか」「マイナンバーで財産が丸裸になるのか」などと、不安を感じた洋子さんに、サトウは深刻な顔で問いかけました。

 

「洋子さん、もしかして……ご自宅に、タンス預金を置いていませんか?」

 

図星を突かれた洋子さんは動揺しました。「実は、誰にもいえない主人のお金が……」洋子さんはついに、8,280万円の裏金のことを打ち明けてしまいました。息子にもいえなかった秘密を、赤の他人に話してしまったのです。

 

サトウは、驚くどころか深く同情したように頷きました。

 

「やっぱり……。洋子さんほどの富裕層にはよくある悩みなんですよ」

 

「私だけじゃないの?」と驚く洋子さん。サトウが神妙にうなずき、言葉を続けます。

 

「実はいま、財務省がタンス預金の一斉摘発に動いているんです。このままだと、そのお金はすべて没収され、息子さんの会社にも税務調査が入りますよ。そしたら、会社は廃業となるかもしれません……」

 

荒唐無稽の陰謀論のような話でも、不安を強めた高齢者は信じてしまうものです。

 

「息子を守らなければならない」「夫が残した会社を守らなければならない」そう思いパニックになる洋子さんに、サトウは「救済策」を提示します。

 

「東京のお金持ちの方がみなさんやっていますが、実はスイスの銀行に任せると安全なんです」

 

サトウの学生時代の友人が、欧米のプライベートバンクに勤めており、一般には出回らない、スイスの銀行と提携した保険会社の『特別運用枠』があると教えてくれました。サトウが提示したのは、英語で書かれた高級感のあるパンフレットでした。 彼の説明はこうです。

 

この商品は海外の富裕層向けのシークレットで、日本の税務署の管轄外にある。現金をそのまま海外口座に移し、保険会社の特別枠として運用する。年利は15%。ただし3年は寝かせなければならない。5年後に満期になるか、洋子さんが亡くなったときに、洗浄されたお金が戻ってくるので、銀行口座に入れられ正当な資産として英明さんに相続もできる。

 

「これなら、バレずに資産を守れます」

 

まるで中学2年生が創作したようなストーリーですが、富裕層であると自認する高齢者には十分リアリティのある話なのかもしれません。後ろめたいお金だからこそ、銀行や税務署には相談できない――。洋子さんにとってサトウの提案は救いにも思えると同時に、「自分は選ばれし富裕層だからこそ、特別な話が舞い込んでくるのだ」という自尊心もくすぐるものでした。