令和6年の新紙幣発行に伴い、「古いお札が使えなくなる」といったデマを口実にした詐欺相談が急増しました。財務省や金融庁も注意喚起を行っていますが、社会の急速な変化についていけない高齢者は、情報の空白地帯にいます。「タンス預金が没収される」という荒唐無稽な嘘を、なぜ信じてしまったのか。本記事では、洋子さん(仮名)の事例とともに、経済ニュースが悪用された時間を掛けた詐欺手口を長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
後ろめたかったんです…年金月12万円・82歳母が誰にも言っていない「タンス預金・8,280万円」を奪われたワケ。さらなる追い打ち「脱税疑い」で税務署の追及、56歳長男を襲う〈最悪の二次災害〉 (※画像はイメージです/PIXTA)

ワンボックスカーで消えた8,280万円

自称「プライベートバンカー」との契約の日。サトウはもう一人、スーツの男性と一緒に近所の古い喫茶店に現れました。喫茶店で待ち合わせたのはセキュリティのため。「自宅は盗聴されているかもしれない」と高級そうなスーツを着た男性がいうのです。

 

静かで暗い店内でコーヒーを飲みながら、洋子さんは用意された英語の契約書にサインをしました。そこになにが書いてあるかはわかりません。そして、すぐに自宅に戻り、高級スーツの男が手配したという「セキュリティ会社の現金輸送車」なる普通のワンボックスカーに、段ボールに詰めた8,280万円を引き渡したのです。

 

「これで安心ですね。彼なら絶対信じられますから」サトウは洋子さんの自宅の前で、ワンボックスカーを見送りながらそういいました。「これで家に不安なお金は置かなくて済みますね! 洋子さん、来週でもケーキを持ってまたお邪魔します」

 

それが、洋子さんがサトウをみた最後でした。

 

翌週、サトウの携帯電話に連絡をしてみると、すでに回線は使われていない模様。不審に思い、高級スーツの男からもらった電話番号にかけてみると、相手は実在する都内の中小企業。電話口で、「そのような資産運用などやっていない」と一蹴されました。

 

騙されたと思った洋子さんはすぐに警察に駆け込みますが、警察官は無表情で書類に記入していくだけ。「あー、たぶんお金は戻りませんね」事務的にそう告げられました。

 

サトウがどこの誰かすらわからず、古い喫茶店には当然防犯カメラもありません。現金は手渡しで、車のナンバーも控えがない。手掛かりはゼロです。名刺を印刷した会社を調べたらわかるのではないかと食い下がりましたが、警察官は「これは自宅のプリンターで印刷したものですよ」と教えてくれました。完全に足取りはわかりません。

 

いま思えば、サトウの話す言葉のイントネーションが東京周辺のものではなく、日本の地方のどこか、もしかしたら外国人のカタコトだったのかもしれません。あの朴訥としたイントネーションも信用した理由の一つでした。どうやらお金が戻ってくる望みは薄いようです。それどころか、息子の英明さんがいうには、今度は税務署からの追及が待っているとのこと。

息子を襲った最悪の事態

悲劇は「お金を騙し取られたこと」だけでは終わりませんでした。

 

警察への被害届提出に伴い、巨額の裏金の存在が明るみに出たことで、税務署が動いたのです。まずは洋子さんに対する相続税の本税、次に重加算税、そして延滞税。その額は数千万円にもおよびましたが、納税のための原資はもはや家にありません。

 

さらに調査の矛先は、亡き父が創業し、現在息子Aさんが経営する会社へ。突然の税務調査が入りました。先代が行っていた脱税スキームを徹底的に調査されたのです。過去の数年分の経費の否認、売り上げ漏れの修正、役員賞与の認定などが行われ、Aさんの会社には更正通知書が届きました。1,000万円を優に超える額を一括で納めなければなりません。

 

取引銀行にも脱税の顛末は知られることとなり、粉飾決算を重くみられたことで新規融資がストップ。資金繰りにいずれ行き詰まるのは避けられなくなりました。会社の納税だけでなく、いずれ母親の納税資金の用立てもしなければならないため、早々に自宅を売る決断をすることになりそうです。

「タンス預金」を持つ高齢者が狙われる理由

この事件の残酷な点は、独居高齢者の「秘密」と「孤独感」の二つが同時に揃っていたことです。信頼できそうな好青年が、時間をかけて「孤独」と「秘密」を共有していきます。 そして、ターゲットが抱える「秘密の悩み」を解決するふりをして、資産を根こそぎ奪い去るのです。

 

あまりにも陳腐なストーリーでも、認知機能が低下し孤独を感じている高齢者には、それが唯一の救いに感じられるものです。高齢になった親が騙されないためにも、子供世代はいまよりももっと多くの時間をコミュニケーションに充てるべきかもしれません。あの日、上野のファミレスでAさんが目撃したあの二人も、もしかしたら――。

 

 

長岡理知

長岡FP事務所

代表