現代の日本では、公的年金だけでゆとりある生活を送ることは容易ではありません。総務省の家計調査でも高齢夫婦世帯の不足額がたびたび話題になりますが、経済的な理由だけでなく「社会との繋がり」を求めて仕事をしている高齢者が増えています。異色の環境でセカンドキャリアを切り拓いたある男性のケースから、シニア世代が自分らしく輝き続けるためのヒントを探っていきます。
奇跡のような日々でした⋯〈年金月17万円・70歳男性〉が再就職。若者だらけの職場でも、笑顔で働き続けられたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

独学で始めたWebデザイン。70歳で「正社員」に

「仕事から離れて、あの日々のことを思い返すと、本当にいい時間だったなとしみじみ感じます。あんなふうに若い人たちに混ざって働けたのは、自分にとって幸せな経験でした」

 

都内の自宅で、穏やかな表情で当時を振り返るのは斎藤誠さん(75歳・仮名)です。斎藤さんは70歳から5年間、都内のWeb制作会社に正社員として勤務していました。現在は完全に仕事を退いていますが、当時の充実感は今もその語り口から伝わってきます。

 

斎藤さんは、大手メーカーの営業職を60歳で定年退職。その後は関連会社で65歳まで嘱託勤務を続けました。完全にリタイアしてからは、月17万円の年金を受給しながら、趣味の延長でWebデザインの勉強を始めたといいます。

 

「最初は、町内会のホームページを直す手伝いでもできればいいな、という程度の気持ちでした。でも、学び始めると面白くて。オンラインスクールに入り、20代の人たちに混ざって必死にスキルを磨きました。そうしているうちに、これを趣味で終わらせるのではなく、プロの現場で自分の力がどこまで通用するか試したいという欲が出てきたんです」

 

70歳という年齢での再挑戦。斎藤さんは自作のポートフォリオ(作品集)を作成し、何社も応募しました。しかし年齢が壁となったのか、書類選考はなかなか通過しません。それでも諦めなかった斎藤さんの粘りが、道を切り拓きました。

 

「最終的に1社のベンチャー企業が『面白そう』と思ってくれたみたいで、『正社員として迎えたい』と応じてくれたのです」

 

提示された給与は月額25万円。年金と合わせれば、現役時代に近い収入が得られることになりました。しかし、斎藤さんにとって何より嬉しかったのは、一戦力として認められたことでした。

 

「入社した時は、さすがに圧倒されましたよ。周りは息子どころか、孫のような年齢のクリエイターばかりです。でも、ここでは70歳であろうと新人。わからないことは素直に『今の操作、もう一度教えてもらえるかな?』と聞き、教えてもらったら必ずメモを取る。社会人経験はこちらのほうが何倍もありますが、そんなプライドなんて、何の役にも立ちませんからね」

 

斎藤さんの謙虚な姿勢と、年齢を感じさせない向上心は、若手社員たちに大きな影響を与えました。

 

「若い人たちは技術こそ優れていますが、クライアントとの細かな調整や、相手の意図を汲み取る力は、私の経験が活かせる場面も多かったんです。彼らに『斎藤さんのアドバイスで助かりました』と言ってもらえる。それにランチタイムには、みんなで近くのカフェにいって仕事以外の話をしたり……本当に楽しい時間でした」

 

75歳になり、体力的にも限界を感じて退職。それでも斎藤さんは「あの日々は一生の宝物です」と晴れやかな表情を見せます。