「長年住み慣れた東京を離れ、余生は故郷で静かに過ごしたい」定年前後の世代のあいだで、こうした「Uターン移住」への関心が高まっています。しかし、その裏側で、移住後のミスマッチが深刻な社会問題となっています。内閣官房が2025年に実施した「移住・定住に関する意識調査」によれば、移住者が直面する不満の第1位は「買い物などの利便性」を抑え、「医療・生活インフラの維持への不安」が急浮上。さらに国土交通省の「地方公共団体におけるインフラメンテナンスの実施状況調査結果(令和5年度末時点)」では、地方自治体の約3割で「住宅修繕やインフラ点検を担う専門業者の不足」が危機的状況にあると警鐘を鳴らしているのです。ここでは、Uターン移住の実例を紹介します。
東京の生活に疲れました…〈退職金2,200万円の60代夫婦〉定年後、スローライフを求めて40年ぶりに住んだ「地元」で驚愕。理想の大崩壊に「私の老後は都会が一番だった」と気づいたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

65歳の新参者は「地域の最若手」という過酷

さらにマサキさんを追い詰めたのは、コミュニティの構造でした。定年後、ゆっくり隠居生活を送るつもりが、町内会長から突きつけられたのは「労働の要請」です。地域の草刈り、側溝の掃除、祭りの準備、そして冬の雪かきまで。

 

「マサキさんとリンコさん、あんたたちはまだ若いんだから、青年会の手伝いもやってくれ」

 

東京では「高齢者」として敬われるはずの65歳が、この地では「貴重な若手の労働力」としてカウントされていたのです。「腰が痛いのに、若者扱いだなんて」地元住民との人間関係に悩みを抱えるようになった妻のリンコさんからは文句が増えます。

 

「40年ぶりに住んでわかったのは、ここは『静かに暮らす場所』ではなく、『老体に鞭打って地域を維持し続ける場所』だったということです。お金があっても、誰も雪をかいてくれない。誰も蛇口を直しに来てくれない。自分の体力が尽きた瞬間、この生活は終わるのだと悟りました。老後、一番住みやすいのは都会ということですね」

理想を捨てて「サービス」を買いに戻る

リンコさんも、医療の現実に絶望していました。大きな病院までは車で1時間。しかも、その病院の医師たちも「いつまでこの地域に派遣が続くかわからない」という不安を抱えていました。

 

「私たちが80代になったとき、自分で車を運転してこの不便さを支え続けるのは不可能です。退職金を守ることよりも、『お金で安全と利便性が買える場所』に身を置くことのほうが、真のリスクヘッジだと気づきました」

 

結局、二人は移住から1年を待たずして、1,500万円かけた実家を放置し、東京近郊のバリアフリー賃貸マンションへの再移住を決めました。

Uターン移住の失敗を防ぐ「学び」

マサキさんの事例は、多くのUターン希望者が陥る盲点を示しています。「サービス経済」の不在を覚悟する地方では、金銭によるサービス授受(経済)よりも、相互扶助や自力での解決(自助・共助)が優先されます。「お金を払えば誰かがやってくれる」という東京の常識は、人口減少地帯では通用しません。

 

65歳は「若手」であるという自覚過疎化が進む地域にとって、65歳の転入者は「支えられる側」ではなく「支える側」の即戦力です。静かな老後を求めるなら、その地域の「年齢構成」と「義務」を事前に精査する必要があります。

 

「出口戦略」なき投資は捨てる覚悟で

地方の実家に多額の退職金を投じるリフォームは、資産価値としてはほぼゼロです。いざというときに「売って東京に戻る」ことができないため、移住先がよく知っているはずの地元であったとしても、計画を綿密に立ててから実行するようにしましょう。