十分な老後資金を持ちながらも、将来への漠然とした不安から財布の紐を締め続け、75歳を超えて後期高齢者となる……そのようなケースも珍しくありません。 厚生労働省が発表した最新の統計では、平均寿命と健康寿命の間には約10年の乖離があります。そのような老後をどう生きるか。ある夫婦のケースを見ていきます。
〈退職金2,800万円〉〈預貯金4,000万円〉〈年金月28万円〉でも質素倹約を貫く72歳夫婦が豹変。突如、豪華海外クルーズ旅行に出かけたワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

2度のがんを越えて辿り着いた…72歳夫婦の境地

「現役時代は、とにかく1円でも多くお金を貯めることを目指していました。コツコツと進めてきた貯金と退職金があれば老後は安泰だと考えていましたが、いざその時が来ると、今度は減っていく数字を見るのが怖くなりました」

 

都内の大手メーカーを定年退職した佐藤健一さん(72歳・仮名)。佐藤さんは現在、妻の和子さん(70歳・仮名)とともに、かつての自分たちからは想像もつかない日々を過ごしています。

 

現役引退後、いわゆる老後がスタートしたときの佐藤さんの資産状況は、客観的に見れば盤石そのものでした。退職金2,800万円に加え、長年積み上げた預貯金が4,000万円。さらに、夫婦合わせた年金は月額28万円にのぼります。 それにもかかわらず、リタイア直後の二人は、スーパーの特売をはしごし、外食すら控える質素倹約を地で行く生活を送っていました。

 

そんな夫婦の価値観を根本から揺るがしたのは、皮肉にも2度の大病でした。 1度目は健一さんが60歳のとき。定年を目前に控えた健康診断でがんが見つかりました。手術後のリハビリは過酷を極め、仕事に復帰できたのは半年以上が経過してから。「あのとき、初めて『いつかは来ないかもしれない』という恐怖が頭をよぎりました」と健一さんは振り返ります。

 

何とか68歳まで働き続け、本格的な年金生活に入ったのも束の間、今度は70歳のときに別の部位にがんが再発しました。幸い早期発見で治療は成功しましたが、この2度目の闘病が決定打となりました。

 

「病院のベッドで考えたのは、老後資金と妻と約束したまま果たせていなかった『クルーズ旅行』のことでした。お金はあっても、自分の足で歩けなければ船の階段すら昇れない……そう気づいたんです」

 

退院後、健一さんは緻密なシミュレーションを行いました。「死ぬまで、あるいは施設に入るまで、本当はいくら必要なのか」を逆算したのです。その結果、将来動けなくなった際に必要となる施設費用として約1,500万円~2,000万円を確保。それ以外の資金は、夫婦の願いを叶えるための予算としました。

 

こうして佐藤さん夫婦がまず向かったのは旅行代理店です。夫婦の憧れだった豪華海外クルーズ。エーゲ海をめぐる2週間の船旅は、1人200万円を超えましたが、ためらいはありませんでした。

 

「以前の私なら『もったいない』と一蹴していたでしょう。でも、船上で出会った海外の老夫婦たちが『明日動ける保証なんてない。だから今を楽しむのよ』と笑う姿を見て、これで良かったと確信しました。今は月に一度のペースで国内旅行にも出かけています。日常は年金で賄い、特別な楽しみには貯金を切り崩す。お金は減っていきますが、代わりに夫婦の会話はぐっと増えましたね」