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元エリート夫、定年後の誤算
定年退職を迎えた男性が直面するのは、解放感よりも先に訪れる「スケジュールの空白」です。都内のマンションに暮らす高橋健一さん(60歳・仮名)も、退職後の時間の使い方に戸惑う一人だったといいます。
有名メーカーで管理職を務め、再雇用は選ばずに退職。退職金2,800万円と4,000万円程度の預貯金もあり、経済的な不安はなかったとか。現役時代は「男は外で働き、女は家を守る」という役割分担を疑わず、家事の一切を専業主婦の妻、洋子さん(58歳・仮名)に任せてきました。
「退職して最初の1ヵ月ほどは良かったんです。でも、すぐにやることがなくなって、暇が苦痛になりました」
高橋さんはそう振り返ります。図書館に通ったり、ジムに入会したりしてみましたが、それだけで時間が埋まることはなく、結局、自宅のリビングでテレビを見て過ごす時間が増えていきました。
一方で洋子さんには、毎日のルーティンがありました。午前中に家事を済ませ、午後は近所のパートに出たり、実家の両親の様子を見に行ったりする日々です。そんな洋子さんに対して、想定外だったのが「妻が自分を構ってくれないこと」だったといいます。
ある昼時、出かける準備をする洋子さんに、悪気なく「今日は何時に帰るんだ? 昼飯はどうしたらいい?」と尋ねる高橋さん。決して威圧的な態度ではなかったといいます。単に一日の予定を知りたいだけ。しかし、洋子さんの反応は冷ややかなものだったといいます。「お腹が空いたら、冷蔵庫にあるものを温めて食べてください」と言い残し、逃げるように家を出ていきました。
高橋さんは、自分が邪魔者扱いされているような疎外感を覚え始めます。決定的な亀裂が入ったのは、退職から半年が過ぎたころ。 風呂上がり、高橋さんは脱衣所で立ち尽くしていました。いつもの棚にあるはずの着替えが見当たりません。リビングにいる洋子さんに、高橋さんは声をかけました。
「母さん、俺のパンツどこだ? いつもの場所にないんだけど」
その言葉を聞いた洋子さんは、 「洗濯したものはカゴに入っています。しまうのは私の仕事じゃありません。自分のことは自分でやってください」とピシャリ。今まで黙ってやってくれていたことが、突然拒絶された瞬間でした。
「たかがパンツ一枚で、と思いましたが、私に対する殺意を感じました。妻のなかで何かが限界に達していたのでしょうか……」