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兄が残した「貯金5,000万円」と「新品の旅行鞄」
「兄は生涯独身でした。だからこそ、『老後は誰にも迷惑をかけたくない』『最後は高級老人ホームにでも入るよ』とお金を貯めていたんです」
兄・健一さん(享年70・仮名)について語る、高田正人さん(65歳・仮名)。健一さんは、真面目だけが取り柄の会社員だったといいます。若い頃に一度も結婚することなく、定年まで商社の営業職として勤務。趣味らしい趣味もなく、会社の寮と職場を往復する日々を送っていました。
「兄貴の口癖は『独り身の老後は金が命綱だ』でした。定年後も『まだ足りない』と言って、ビル管理の仕事に再就職し、70歳になるまで働いていました」
健一さんがこだわったのが、年金の「繰下げ受給」です。65歳から受け取れる年金をあえて受け取らず、70歳まで遅らせることで受給額を42%増やす。健一さんの試算では、月額約24万円になる予定だったとか。
さらに、退職金と倹約生活で貯めた預貯金は5,000万円。借金なし、持ち家なし(賃貸住まい)。身軽な独身貴族として、70歳からは悠々自適な生活が待っているはずでした。
「退職した日、兄から電話があったんです。『これからは好きなときに起きて、好きな所へ行く。正人、今まで心配かけたな』って。あんなに弾んだ声は初めて聞きました」
しかし、その電話からわずか2週間後。健一さんは自宅で倒れているところを発見されました。貧血でふらついたといいますが、検査の結果、告げられたのは末期のすい臓がん。
「病室で、兄貴は泣いていました。『なんでだよ。俺は酒もタバコもやらずに、真面目にやってきたじゃないか』『老後資金なんて考えるだけ意味なかったじゃないか』って。退職記念だといって自分で買ったという新品の旅行鞄を抱いて泣いてましたよ」
余命3カ月の宣告。結局、一度も旅行鞄を使うことなく、念願だった「増額された年金」も一度も受け取らずに、健一さんは息を引き取りました。
「兄貴の口座には、手つかずの5,000万円が残っています。私には家族もいるし、生活には困っていません。この大金は、兄貴が自分の寿命と引き換えに作ったものです。私が相続しても、兄貴の無念は晴れないんですよ……」