一斉退職の兆候を見逃すと、取り返しのつかない事態に…
クリニックの業務は、医師や看護師、事務担当などをはじめとする多くのスタッフの協力の上に成り立っています。しかし、院長がスタッフの抱える不満に気づけず放置してしまうと、「退職の連鎖」が起こりかねません。
そのような事態になれば、クリニックの運営は立ち行かず、患者様にも多大な迷惑が掛かってしまいます。院長は一斉退職が起こる前に退職の兆候を察知し、早期の対策を講じなければなりません。
退職の兆候として見られる具体的な行動を見ていきましょう。
①ミーティング時のコミュニケーションの減少
職場内の雑談や意見交換が極端に減り、急によそよそしくなったら要注意です。転職を見据えているため帰属意識が薄らぎ始め、院長やほかのスタッフとの関係値を作為的に下げようとしている兆候かもしれません。ミーティングだけではなく、いままでスタッフ同士で一緒にランチを取っていたのに、1人で食べるなどの行動も要注意だといえます。
②院長や先輩職員への信頼低下・不満の表面化
院長の指示への反応が悪くなったり、グループラインでのネガティブな発信やレスポンスが急に遅くなったりした状態も要注意です。退職を考えるようになると、気を遣わない、がまんしない状態になるため、いままで鬱積していた不満が態度に出るようになります。周囲に悪い影響が出るため、早めの面談が必要です。
③院内行事への不参加
定期的な食事会や懇親会など、いつも参加していたスタッフが欠席する場合、私用も考えられますが、欠席者向けに別日にランチ会を設けたほうがいいケースもあります。そこでクリニックへの思いをヒアリングするなど、状況把握を検討するのも大切です。懇親会は単なる飲み会ではありません。経営者として飲食代というコストを掛けるなら、エンゲージメントの向上という効果を得るための立ち回りが必要になります。
④クリニックの今後の展開に対して興味を示さなくなる
冒頭の①と同じく、退職に向けて動いているスタッフはクリニックの今後やスタッフの処遇改善に関心がなくなります。全体に向けての発信も、1人1人の表情を読み取る必要があります。
⑤賞与や昇給時の反応
院長評価と自己評価とで大きく隔たりがあるときなどは、一気にハレーションを起こすケースもあります。なぜこの評価になったのか、そして、次の課題やそれらをクリアしたときの処遇などについて、すり合わせを行いましょう。それにより、現時点の評価が今後も続くわけではなく、評価を変えるチャンスはいつでもあることを伝えます。
⑥勤務医や先輩職員の退職
先輩スタッフの退職に伴う業務量の増加、残業の増加も、退職のトリガーになります。環境や役割が変わると当然負荷も増加します。新規採用だけでなく、残ったスタッフの処遇の引き上げや業務の見直しなど複数の策を講じながら退職の連鎖を避けましょう。
また、あってはならないことですが、勤務医が開業をする場合の退職は、スタッフの引き抜きが問題になることがあります。あからさまに数名が同時退職することもあれば、勤務医の積極的な引き抜きがなくても、スタッフが自発的に勤務医についていくパターンも見られます。制限がむずかしい事案ですが、就業規則だけでなく、普段の関係性の構築や今後独立する勤務医とのコミュニケーションを図ることで、抑止・牽制するのも方法のひとつです。
⑦勤怠状況の悪化
遅刻や欠勤、有給休暇の取得頻度が急に増えるのも心配な状況です。有給休暇の取得理由を聞くこと自体は違法ではありませんが、スタッフに対して取得理由を強制的に答えさせることは適切ではありません。有給休暇はスタッフの権利であり、取得に際して理由を明示する義務はありません。ですが、取得頻度が増えているスタッフと、院内や自身のキャリアについての悩みがないかヒアリングするなど、重点的にコミュニケーションを取ることも必要です。
採用コストはかなりの高額…変化を感じ取って退職を防ごう
行動や態度が気がかりなスタッフに対して、「自分の仕事には意義がある」「自分がクリニック全体に貢献できている」と感じさせるような心理的安全性を高めるコミュニケーションを取ったり、仮に退職しても「出戻り制度」を設けたりすることで、採用や教育コストを抑えることも要検討です。
採用コストは、受付スタッフや看護師など職種によって異なりますが、求人媒体に掲載するだけでも20万円~40万円はかかってきます。そこから選考案内や面接にかかる人件費や最初の教育コストを合わせると、1人退職することによる損失は、少なくとも50万~100万円は発生します。
また、紹介会社を経由して採用する場合は年収の30%程度が手数料になることもあり、年収400万円の看護師の場合、採用するだけで120万円程度のコストが発生することもあります。退職を恐れて生ぬるい組織になる必要はありませんが、スタッフとのコミュニケーションや労務管理をなおざりにすることの損失は決して小さくはありません。
経営者としてスタッフの退職を防ぐには、スタッフの少しの変化に敏感であることが重要です。兆候を見逃さず、適切かつ迅速な対応を継続的に行うことが、クリニックの安定した経営と成長を支える鍵となるといえます。
山本 達矢
社会保険労務士法人WILL
代表社労士
特定社会保険労務士

