高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。 入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、物価高の直撃を受ける母娘のケースです。
「1月から5万円値上げです」老人ホームからの通知に震える、年金月15万円・87歳母と63歳娘。容赦ない「インフレ退去」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

過去最多の倒産件数…介護業界を襲う「物価高」の深刻な実態

現在、多くの高齢者施設が、物価高騰の波に直面しています。

 

老人ホームなどの介護施設は、介護保険法で定められた「介護報酬」が収入の柱ですが、これは公定価格のため、物価が上がったからといって施設側が勝手に値上げすることができません。そのため、経営を維持するためには、規制のない「食費」「居住費(家賃)」「管理費」などにコストを転嫁せざるを得ない構造になっています。

 

実際に、介護事業者の倒産は急増しています。株式会社東京商工リサーチが発表した「2024年『老人福祉・介護事業』の倒産状況」によると、2024年の老人福祉・介護事業の倒産と休廃業・解散件数は784件と過去最高を記録。特に注目すべきは倒産の要因です。同調査では、「販売不振(売上不振)」が最も多い原因ですが、その背景には「物価高」や「人件費高騰」が大きく影響しているといいます。光熱費や食材費の高騰に加え、他産業への人材流出を防ぐための賃上げが経営を圧迫し、ギリギリの運営を続けていた小・零細事業者が耐え切れずに倒産、あるいは事業停止に追い込まれているのです。

 

施設側も「値上げか、倒産か」という究極の選択を迫られています。そのしわ寄せは、年金収入を中心生計を立てている入居者家族に「利用料の大幅アップ」という形で直撃しています。年金はインフレほど急激には増えません。今後、予算ギリギリで施設に入居している高齢者が、経済的な理由で退去を余儀なくされるケースは、さらに増加していくことが予想されます。

 

[参考資料]
株式会社東京商工リサーチ『2024年「老人福祉・介護事業」の倒産、休廃業・解散調査』