高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。 入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、物価高の直撃を受ける母娘のケースです。
「1月から5万円値上げです」老人ホームからの通知に震える、年金月15万円・87歳母と63歳娘。容赦ない「インフレ退去」の現実 (※写真はイメージです/PIXTA)

「母の年金で払える」はずが…入居からわずか2年、まさかの「退去検討」

「正直、ここまで急激に上がるとは予想していませんでした。母の年金と貯蓄でなんとかなる計算だったんです」

 

ため息まじりに語り始めた斉藤美佐子さん(63歳・仮名)。彼女の母、藤田芳子さん(87歳・仮名)は現在、埼玉県内の有料老人ホームに入居しています。しかし今、施設から届いた「価格改定」の通知により、退去の危機に瀕しているといいます。

 

「ホームに入居したきっかけは、2年前、母が自宅で転倒し、大腿骨を骨折したことでした。入院中に認知症の症状も進んでしまい、医師からは『ひとり暮らしはもう限界』と告げられました。私も夫と2人暮らしで、共働きです。自宅で介護をする余裕はどうしてもありませんでした」

 

そこから美佐子さんの施設探しが始まりました。最も重視したのは「費用」です。

 

「母の年金は、亡くなった父の遺族年金と合わせて月約15万円です。貯蓄も少しありますが、長生きすれば底をつきます。私のパート収入も知れていますから、持ち出しは月1万~2万円が限度。月額費用が『16万円台』で収まる施設を必死で探しました。あちこち見学に行き、ようやく見つけたのが今の施設です。建物は少し古いですが、清潔感があり、なにより予算内で収まることが決め手でした」

 

入居後の芳子さんは、規則正しい生活と栄養管理のおかげで、顔色も良くなったといいます。

 

「スタッフの方も親切で、母も『ここは食事が美味しい』と喜んでいました。面会に行くと、他の入居者の方と折り紙をしていたりして。あのときは、本当に肩の荷が下りた気持ちでしたね。認知症の進行も、幾分、緩やかになったような気がします」

 

しかし、その安堵は長くは続きませんでした。先月、施設から1通の封書が届いたのです。

 

「中身を見て、血の気が引きました。『物価高騰に伴う利用料改定のお知らせ』とあり、来年1月から月額費用を5万円値上げすると書かれていたんです。内訳は、食費の値上げ、光熱費の実費負担増、そして管理費のアップでした。合計で月21万円を超えてしまいます」

 

美佐子さんの表情が曇ります。

 

「母の年金だけでは毎月6万円以上の赤字です。貯蓄を取り崩すにしても、母があと何年生きるかわかりません。私のパート代をすべてつぎ込んだとしても、生活が破綻します。施設長に相談しましたが、『食材も電気代も上がっており、経営維持のためにはやむを得ない』の一点張りでした。結局、もっと安いところへ移るしかありません。でも、今から月16万円台で入れる施設なんて。これからどうすればいいのか……」