長年の会社勤めを終え、ようやく穏やかな老後を迎えようとしていた夫婦。現役のころには叶わなかった旅行の最中、義母からの想定外の連絡により状況が一変します。いったい何があったのか……見ていきましょう。
〈年金月18万円〉65歳男性、夫婦で温泉旅行。42年の会社勤めを労っていたが、老後に暗雲。原因は「82歳母、突然の帰京」 (※写真はイメージです/PIXTA)

42年の勤労を終えた夫婦の安堵…均衡を破った義母からの電話

東京都在住の吉田健一さん(65歳・仮名)は、60歳で定年を迎え、その後は契約社員として65歳まで勤め上げました。会社員人生は42年。長きにわたる勤労に「おつかれさまでした」と、妻の律子さん(62歳・仮名)がちょっとリッチな温泉旅館を予約してくれました。これから受け取る年金は月18万円。手取りにしたら月16万円ほどでしょうか。十分な貯蓄はあるものの、十分かといえば不安がないわけではありません。そう考えると、こんな贅沢ができるのは、年に1度くらいか……そんなこともぼんやりと考えながら、夫婦で久しぶりにのんびりと過ごしていたといいます。

 

そんな温泉旅館での夜。部屋で食事をしていると、律子さんの携帯電話が鳴り響きました。

 

「もう夜でしたので、何か急ぎの要件かと思ったんです。妻が電話に出ると『お母さん、どうしたの?』と話していたんですが、すぐに声のトーンが変わり、『えっ、東京に戻るって?』と、動揺した様子を見せたんです」

 

連絡の主は、律子さんの実母、つまり健一さんの義母である花子さん(82歳・仮名)でした。花子さんとは東京の自宅で同居をしていましたが、数年前に「余生は故郷で暮らしたい、死ぬのは故郷がいい」という願いから、地元である東北地方の老人ホームに入居していました。

 

「義母は、若いころに上京して、60年超、東京で生活をしていました。しかし、故郷には深い思い入れがあって。晩年を意識するなかで、長年の望郷の念が募ったのではないでしょうか。しかし、「昔のよき故郷」が現実以上に美化されていた部分もあったのだと思います」

 

花子さんは、「地元に戻っても、古い知人がいるから寂しくない」「大好きな故郷の味を堪能したい」と話していたといいます。老人ホームを選ぶときも、地元の味を堪能できるスペシャルデーがある施設を選びました。しかし、「イメージと違った」そうです。長年の東京生活のなかで、いつの間にか自身の好きな味にアレンジされた「故郷の味」になっていたのでしょう。また、友人らもアクティブに動くわけではなく、地元に帰ってから故郷の知人に一度も会うことも叶っていないといいます。

 

花子さんは、地元に帰ってきたにもかかわらず、愛していた故郷が変わってしまったと感じ、逆に寂しさが募ってしまったようです。

 

「変わってしまった故郷にいることに限界を感じ、『東京に戻る』と、突然の連絡でした。妻も私も、まさかそんなことになるとは思ってもみませんでした」と、健一さんは重い口調で話します。

 

義母との関係は、悪いわけではありません。しかし義母と義息子、一緒に住んでいたときは、どこかよそよそしく、息苦しさを感じていました。だから義母が故郷の老人ホームに入居が決まったときは、何ともいえない解放感を覚えたといいます。

 

穏やかな老後が一変する……義母からの電話のあとの温泉旅行は、何ともいえない気持ちだったといいます。