親と折り合いが悪く、大人になってから距離をとる子世代は少なくないだろう。しかし、高齢の親に無策のまま「もしも」のことがあった場合、子世代にはより心身に負担がかかることも。旦木瑞穂氏の著書『しなくていい介護』(朝日新聞出版)より、50代女性の事例をもとに実情をみていく。
父が大火傷を負っても決して帰らなかった50代一人娘、愕然。「至急来てほしい」緊急連絡で、20年ぶり帰省…変わり果てた〈両親の姿〉と〈実家のありさま〉【介護の実態】 (※写真はイメージです/PIXTA)

両親は瘦せ細り、家は「ゴミ屋敷」…変わり果てた様子に愕然

駅から直接病院へ行くと、約20年ぶりに目にした両親の姿に愕然とした。

 

84歳になっていた両親は痩せ細り、着ている服には清潔感がなく、表情もうつろ。そして医師から、「ご両親ともに認知症の症状があり、病院としては治療の同意をもらうには不安が残る」「要介護認定を受けるために申請を行い、ご両親の介護の準備を始めたほうが良い」と聞かされた。

 

櫻木さんは、母親は電話で時々おかしなことを言っているなとは思っていたが、「年を取れば誰でもあること」と軽く考え、ここまで症状が進んでいるとは想像できていなかった。

 

病院での手続きの後、櫻木さんは母親と地域包括支援センターに相談に行き、要介護認定の手続きをした。

 

物が溢れ、埃が積もり、水回りはぬるぬる…娘は意を決し、実家を整理することに

東京からそのまま病院へ向かった櫻木さんは、約20年ぶりに実家に帰り、玄関を開けて絶句する。

 

実家はゴミ屋敷と化しており、足の踏み場もないほど部屋いっぱいに物が溢れていた。父親が火傷をしたというストーブの周りにも物が積まれている。いつ掃除をしたのだろうというほど床や棚の上には埃が積もり、水回りはぬるぬるした汚れがこびりついていた。不衛生で、いつ事故や火事になっても不思議でない環境で両親が生活をしていたと思うと、涙が止まらなかった。

 

多忙な櫻木さんは「生前整理の窓口」を運営している「生前整理診断士」の三浦靖広さんの力を借りて、少しずつ実家を整理することにした。

「もう両親2人で暮らすのは難しい」…ケアマネジャーの勧めで、施設に入れることに

やがて、父親は要介護4、母親は要介護3という認定結果が出た。

 

さらに父親は、前頭側頭型認知症の一つである「ピック病」であることがわかる。「ピック病」は、感情の急激な変化や反社会的な行動をとる症状があらわれ、人格が変わってしまったようになる病気だ。父親は火傷の後遺症がひどく、歩けるようになるには相当なリハビリが必要だと想定されたが、リハビリをすること自体が難しく、ほとんど寝たきりになってしまった。

 

担当のケアマネジャーから「もう両親2人で暮らすのは難しい」と言われ、施設への入所を勧められた櫻木さんは、夫婦で入所することができる施設を探し、約5ヶ月後に入所させた。

 

約20年もの間実家に帰らず、両親を放置した自分を責めた櫻木さんは、2週間に1度は施設に顔を出し、両親との時間を大切にするようになった。