35年間地方銀行に勤務し、3,000万円の資産と月20万円の年金で悠々自適の老後が約束されていたはずの柳瀬康夫さん(仮名・65歳)。しかし、定年退職の祝賀会から帰宅すると、妻からの衝撃的な置き手紙が待っていました。「お疲れさまでした。でも、私はもう限界です。さようなら」——。倹約こそが美徳と信じて歩んできた人生で、なぜ妻は去っていったのでしょうか。この悲劇を通して、FPの青山創星氏と一緒に本当に豊かな老後とは何かを考えます。
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「さようなら、あなた…」〈年金月20万円〉〈資産3,000万円〉潤沢な資金で定年を迎えた銀行員、祝賀会を終え帰路に着くと…酔いも醒める「衝撃的な置き手紙」【FPの助言】
完璧な資産形成の裏で進行していた夫婦の溝
柳瀬康夫さん(65歳)は、地方銀行で35年間融資部門を担当し課長職も務めた、まさに「お金のプロ」でした。入行2年目で結婚した妻の美佐子さん(63歳)との間に2人の子どもを授かり、マイホームも40歳で完済。投資信託、株式、不動産投資まで手がけ、定年時には3,000万円の資産を築き上げていました。
「俺の計算では、年金20万円と資産運用益を合わせれば、月35万円は確実に確保できる。美佐子も喜んでくれるだろう」
しかし、康夫さんの「完璧な計画」には重大な欠陥がありました。家計管理をすべて一人で担い、妻には月10万円の生活費しか渡していなかったのです。美佐子さんが友人とのランチや洋服代を求めると、「何にいくら必要なのか、レシートと一緒に書面で提出してくれ」と要求。銀行員らしい几帳面さが、いつしか妻を苦しめ続けることとなっていました。
一方で康夫さん自身は、会社の付き合いゴルフで月に3回は週末を外で過ごし、夜も上司との接待で帰宅は11時過ぎが当たり前。「仕事だから仕方ない」という一言で、妻の理解を求めていました。
子どもたちが小さい頃も、運動会や参観日より接待を優先することがしばしば。美佐子さんは専業主婦として家庭を支えてきましたが、康夫さんは「家にいてほしい」と外で働くことも許しませんでした。
「家族のために頑張っている」と自負していた康夫さんでしたが、実際には家族との時間を犠牲にしてお金を追い求めていたのです。