(※写真はイメージです/PIXTA)
命の値段と、家族の未来
聡子さんの母親が提示された「先進医療」。これは、将来的に公的保険の適用を目指している段階の先進的な医療技術などを指します。その技術料は公的医療保険の対象外で、全額自己負担になります。また、厚生労働省に届け出た医療機関以外で先進医療と同様の治療や手術などを受けても先進医療とは認められません。医療技術ごとに対象となる症状などもあらかじめ決まっています。
2025年3月1日現在、先進医療は76種類。自分には関係ない、特別な話だと感じるかもしれませんが、2023年7月1日から1年間、患者数は約17.7万。全医療費のうち先進医療分の割合12.9%でした。決して他人事ではないことがわかります。
先進医療を受ける場合、通常の治療と共通する部分(診察、検査、投薬、入院費など)には健康保険が適用され、自己負担は原則3割で済みます。しかし、先進医療の技術料そのものは前述の通り全額が自己負担です。
粒子線治療のような高度な技術の場合、その技術料だけで数百万円にのぼることも珍しくありません。聡子さんの母親のケースで300万円といわれたのは、まさにこの部分でした。
こうした事態に備えるための一つの方法として、民間の医療保険に「先進医療特約」を付加することがあります。月々数百円~千円程度の保険料を追加で支払うことで、実際に先進医療を受けた際に、技術料の実費(上限2,000万円など)が給付されるというものです。しかし、聡子さん家族のように日々の生活で精一杯の場合、「今、起きていないリスク」のために月々の保険料を払い続けるという判断は、決して簡単なものではありません。特に、高齢の親の保険となると、その保険料も決して安くはなく、「元気だから大丈夫だろう」と、後回しにしてしまうケースは少なくないのです。
「母は『そんなにお金のかかる治療はいい』と言うんです。負担をかけたくない、と気を遣ってくれていて……本当に申し訳ない。でも、母はまだ70歳ですし、治療の可能性があるのなら、私は諦めたくないんです」と母・千恵子さんの説得を続けています。
一方で、治療には預貯金以上にお金がかかるという現実が立ちはだかります。「もう、この家を売るしかないです」と聡子さん。ポストに投函されていた不動産会社の一括査定のチラシに記された電話番号に、一度連絡してみようかと考えているそうです。
[参考資料]
総務省統計局『2020年 国勢調査』
中央社会保険医療協議会『先進医療の実績報告について( 令和5年7月1日~令和6年6月30日実績報告 )』