「人生100年時代」、定年後に資格や経験を活かして独立・起業することは、多くの人にとって魅力的な選択肢です。しかし、その希望に満ちた船出のすぐ先には、経験の浅い起業家が陥りがちな数多くの罠が待ち受けています。本記事では松尾さん(仮名)の事例とともに、定年退職者の起業も餌食とする「ひよこ食い商法」の手口を、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。
年金は繰下げ、定年後に国家資格取得、貯金1,000万円で万全の老後計画。余裕の笑みも…元総務部長が66歳で「覇気のない老人」になってしまったワケ【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

とどめに餌食となった「取材商法」

しかし、それでも松尾さんの事務所に顧客からの問い合わせが来ることは、ほとんどありません。

 

そんな折、落ち込む松尾さんのもとに一本の連絡が入ります。「ホームページに書かれている松尾様の考え方や人柄に感銘を受けたので、ぜひ取材させてほしい」という願ってもない話。しかしこれこそが、松尾さんがその存在すら知らなかった「取材商法」の業者からでした。

 

「取材商法」とは、企業や個人に対して「取材をしたい」と持ちかけ、あたかも新聞や雑誌、テレビなどのメディアに掲載・放送されるかのように装い、高額な掲載料や制作費を請求する商法です。実際には信頼性の低いウェブ媒体や、自社発行の小規模な冊子などにしか掲載されず、宣伝効果はほとんどありません。取材という名目で相手を油断させ、金銭を引き出す点が特徴で、特に承認欲求の強い中小企業オーナーや個人事業主が被害に遭うケースが多く見受けられます。

 

途中でなにかおかしいと気が付いた松尾さんは解約したものの、それでもキャンセル費用として約30万円を支払う結果となりました。

 

開業して事務所看板を誇らしげに掲げてから1年。潜在的な顧客からの問い合わせは数件ありましたが、成約はゼロ。その一方で、250万円以上を各種ひよこ食い業者に「養分」として吸い取られてしまったのです。

 

「自分に起業は向いていなかった」

 

力なく呟き、松尾さんが廃業を決意したのは、開業届と青色申告承認申請書を税務署に提出した日から、ちょうど1年半が経った日のことでした。

 

著者注:今回記事に取り上げた類型の事業者には優良な運営者も存在しており、そのすべてが悪質な「ひよこ食い」狙いであると断定するものではありません。

 

 

山田 信彦

ニックFP事務所

代表