(※写真はイメージです/PIXTA)
決死の住宅購入
当然、住宅購入のような人生を左右する決断は、恐怖以外の何物でもなかった。しかし、長年住んだアパートの解体が決まり、1年以内の退去を求められたことで、祥子さんは重い腰を上げざるを得なくなる。
だが、検討を始めても、決断がまったくできない。「この住宅メーカーでいいのか、この立地で、この資金計画で……いや、やはりマンションのほうが……」次々と選択肢を増やしては、思考の迷宮に迷い込む。その根本原因は、やはり「失敗したくない」という強い思い込みであった。
それでも退去期限は刻一刻と迫り、祥子さんは追い詰められるように分譲住宅の契約を決断。月収39万円(賞与別)で、住宅ローン3,000万円を抱え、80歳まで返済が続く計画に、彼女は「老後のために、もっとお金を貯めなければ」と強い焦燥感に駆られた。
「なにもしなくても100万円儲かった」…ヨガ教室で聞いた、甘い囁き
そんな祥子さんに、ある転機が訪れる。長年通うヨガ教室でのことだ。レッスン終了後、ロッカールームで数人の生徒が、一人の女性を囲んで熱心になにかを話しているのが耳に入る。輪の中心にいたのは、大手金融機関に勤めているというC子さん。最近の株価上昇を背景に、NISAでの資産運用がいかに好調かを話しているようだった。
普段なら自分とは無縁の世界と聞き流す祥子さんだったが、「なにもしなくても100万円以上増えた」「インデックス投資ならまず損はしない」というC子さんの自信に満ちた言葉に、思わず足を止めてしまう。
後日、祥子さんは「一番儲かるファンドを教えてほしい」と住宅購入時に友人から紹介を受けた独立系ファイナンシャルプランナー(FP)のもとを訪れる。FPは、彼女の豹変ぶりに戸惑いを隠せない。住宅購入にはあれほど臆病だった祥子さんが、なぜ投資にはこれほど無防備になるのか。
「新見さんは現在3,000万円のローンを返済中です。今後金利が上昇するリスクを考えれば、確実に利益が確定する繰上げ返済を優先すべきです。試算では、1,000万円の繰上げ返済で、返済期間が約8年短縮され、利息も約66万円節約できますよ」
FPの冷静な助言にも、祥子さんは「たった66万円じゃ足りない」と不満げな様子。彼女の頭は、ヨガ教室で聞いた「100万円の利益」でいっぱいなのだ。さらに、「貯金も保険も解約して投資に回したい」と、知人のアドバイスを絶対的なものとして語り続ける。
「今後のメンテナンス費用や、病気に備える現金と保険は最低限必要です」FPの制止も、祥子さんの耳には届かない。
「FPは儲かるファンドを教えてくれる人だと思っていたのに」彼女はそう言い残し、失望した様子で帰ってしまった。