家族が亡くなれば必ず相続が発生しますが、遺産の大小かかわらず、それまで良好だったはずの家族がお金をめぐって争う「争族」は決して珍しくありません。ある家族のケースをみていきます。
父さんの財産は、すべて俺のものだ!〈遺産5,000万円〉を前に42歳長男が豹変。〈年金月12万円〉75歳母が絶句した日 (※写真はイメージです/PIXTA)

「お母さんのことは、俺が看るから」優しい言葉を信じていたが…

「これから、俺が母さんのことをしっかり看るから。何も心配いらない」

 

夫・正雄さん(享年80歳・仮名)を亡くし、悲しみに暮れる加藤和子さん(75歳・仮名)に、長男の浩一さん(42歳・仮名)は力強く宣言してくれたといいます。

 

和子さんにとって、その言葉は何よりも心強いものでした。長年連れ添った夫に先立たれ、生活の基盤となるのは月12万円の年金のみ。これからの生活に、漠然とした不安を感じていたからです。

 

夫が遺してくれた財産は、コツコツと貯めてきた預貯金が5,000万円ほど。浩一さんは、葬儀後の煩雑な手続きも率先して進めてくれ、落ち込む和子さんを励まそうと、頻繁に実家へ顔を見せてくれました。

 

「父さんが亡くなって、俺も寂しいけど、母さんが元気でいてくれないと困るよ」

 

そう言って笑う息子の顔は、本当に頼もしく見えたといいます。和子さんは、夫亡き後の財産のことも、すべて浩一さんに任せておけば安心だと、疑うことすらしませんでした。

 

しかし、その信頼が根底から覆る日が、突然訪れます。

 

四十九日を終えたある日の夜、和子さんが浩一さんの部屋の前を通りかかると、中から妻との話し声が漏れ聞こえてきました。

 

「父さんの財産は、すべて俺のものだ。母さんには年金があるんだし、どうにでもなるだろう。裕子(浩一さんの妹)には、母さんの面倒を俺が看るからって適当に言いくるめて、遺産分割協議書に実印だけ押させればいい」

 

信じられない言葉でした。今まで自分を気遣ってくれていた優しい言葉や態度のすべてが、夫の遺産を独り占めするための策略だった? 信頼していた息子の裏の顔を知った和子さんは、その場に立ち尽くすことしかできなかったといいます。

遺産「5,000万円以下」の家庭が最も危ない…相続の現実

裁判所が公表している「司法統計」によると、2022年に全国の家庭裁判所で扱われた遺産分割事件のうち、争いの対象となった遺産の価額が「5,000万円以下」のケースは全体の75%以上を占めています。「うちは財産が少ないから揉めない」という考えは、非常に危険な思い込みです。

 

遺産分割の手続きには、「①遺言による遺産分割」「相続人同士の協議による遺産分割」「家庭裁判所の調停による遺産分割」「家庭裁判所の審判による遺産分割」の4種類があり、遺言書がない場合、誰がどれだけの割合で財産を相続するかを民法が定めています。和子さんの家庭のように、相続人が配偶者(和子さん)と子2人(浩一さんと妹)の場合、法定相続分は以下のようになります。

 

配偶者(和子さん):1/2

子(浩一さんと妹):1/2 (これを子どもたちの人数で均等に分けるため、それぞれ1/4ずつ)

 

今回の遺産5,000万円に当てはめると、和子さんが2,500万円、浩一さんが1,250万円、妹が1,250万円を相続するのが、法律に基づいた分割割合です。浩一さんの「すべて俺のものだ」という主張は、相続人全員が納得したら通ることになります。

 

仮に亡くなった正雄さんが「全財産を浩一に相続させる」という内容の遺言書を遺していたら。その場合でも、和子さんや妹の権利が完全になくなるわけではありません。

 

法律は、残された家族の生活を保障するため、最低限の遺産の取り分を保証する「遺留分」という制度を設けています。法定相続人(兄弟姉妹を除く)は、この遺留分を請求する権利(遺留分侵害額請求)があります。今回のケースでは、法定相続分のさらに半分が遺留分となります。

 

配偶者(和子さん)の遺留分:1/4 (5,000万円×1/4=1,250万円)

妹の遺留分:1/8 (5,000万円×1/8=625万円)

 

お金は時として人の心を変えてしまいます。仲の良かった家族が財産をめぐって醜い争いを繰り広げる「争族」を防ぐためには、元気なうちから家族で話し合い、財産を遺す側が自らの意思を明確にした遺言書を作成しておくことが重要です。

 

「今後、相続の話をすることになるでしょう。長男の本音を聞いてしまったなか、冷静に話し合いができるか……心配です」

 

[参考資料]

裁判所『令和4年 司法統計年報(家事編)第21表 遺産分割事件のうち認容・調停成立の事件数ー遺産の価額別』

法テラス『相続に関するよくある相談』