高齢単身世帯の増加に伴い、「終の棲家」選びは誰もが向き合うべき社会課題となりました。しかし、その選択基準は非常に複雑です。多くの人が「堅実さ」や「節約」を重視する一方で、人生の最終章におけるQOLの重要性も見過ごせません。本記事ではAさんの事例とともに、後悔しない終の棲家選びについて、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
贅沢は不要です。入居金10万円のお手頃サ高住、待っていたのは〈冷凍ハンバーグの悪夢〉と〈色目使い・武勇伝おじいさん〉…年金23万円・77歳母の「引っ越したい」を阻む“娘の冷たい本音”【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

一人暮らしの高齢者、終の棲家問題

令和5年の厚労省の国民生活基礎調査によると、全国の世帯総数は5,445万世帯、このうち約半分の2,695万世帯は、65歳以上の方が暮らしています。さらにこの2,695万世帯のうち一人暮らしの単独世帯は855万世帯と、2001年の318万世帯から大幅に増加しているのです。

 

高齢者の一人暮らしの増加に伴い、「終の棲家」としての高齢者向け施設の需要も高まっています。高齢者向けの施設には有料老人ホーム、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者住宅などさまざまな形態があります。厚労省老健局によると利用者の総数は令和4年時点で約230万人。平成14年の約90万人と比較すると、こちらも大幅に増加していることがわかります。

 

高齢者の暮らしを支えるうえで、高齢者向け施設は必要不可欠なものとなっていますが、気になるのはその費用ではないでしょうか。住宅と同じで、サービス内容や設備の充実度にあわせて費用は高額になるものです。いつまで施設での生活が続くかわからないなかで、費用をできるだけ抑えたいという思いは多くの方が共感するところでしょう。一方で理想の生活を考えずに、費用を抑えることばかりに重きをおいて選択したあまり、残念な晩年を過ごすことも……。事例を紹介したいと思います。

 

※事例は、実際にあった出来事をベースにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から変更している部分があります。また、実際の相続の現場は、論点が複雑に入り組むことが多々あり、すべての脈絡を盛り込むことは話の流れがわかりにくくなります。このため、現実に起こった出来事のなかで、見落とされた論点に焦点を当て、一部脚色を加えて記事化しています。

娘に心配をかけないために…決断した高齢者向け施設への入所

77歳のAさんは一人暮らしをしていました。50歳を過ぎたころ、夫とすれ違いが生じ、離婚を選択しました。Aさんは元教師。そのため、離婚することに経済的な面での躊躇はありませんでした。教師を定年退職後は、月々23万円ほどの年金で派手な生活を好まず、質素な生活を営んでいました。

 

特に不自由なく過ごしていたのですが、あるとき、階段で転倒。大腿骨を骨折したことから足を悪くしてしまいます。二人の娘に心配をかけまいと、年齢的には少し若いですが、早めの施設生活を選びました。友人からの話などで、最近は充実したサービスや豪華な設備のある施設があることを知っていましたが、そういった類にまったく興味のなかったAさん。年金の範囲内で暮らしてもなお余裕のある施設を長女のBさんと探し、自宅から比較的近いところにあるサービス付き高齢者住宅での暮らしを選ぶことに。

 

入居金は10万円、賃料、食費などで20万円ほどの賃料は年金の範囲内で十分にやっていけそうです。娘たちにも協力してもらい、万一に備えて遺言書も入居のタイミングで用意しました。Aさんの財産はほとんどが金融資産。二人とも母親の顔を時折みにきてくれて、親孝行な娘たちです。揉めることなどないようにと、娘二人に2分の1ずつわけるという遺言書を残すことに違和感はありませんでした。