老後の安心は、真面目に働き続けてきた人ほど約束されたものと考えがちです。一方で、そうした実直な人ほどお金の知識に疎く、とんでもない落とし穴にはまってしまうこともあります。
愚かでした…〈年金月28万円〉〈退職金2,200万円〉市民の安全を守り抜いた67歳・元警察官の父、自身の老後は守れず破産危機に陥った「たった1つの過ち」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「お孫さんのために」――甘い言葉の罠

セミナーは“お金初心者”の加藤さんでもわかりやすいものだったといいます。そんななか、加藤さんが一番感銘を受けたのは、「貯金しておくだけではリスクになる」という言葉でした。

 

「貯金さえしておけば、盗まれる心配はないし安心だと思っていました。しかし、物価上昇によって目減りすることがあるなんて……考えたこともありませんでした」

 

セミナーの最後には銀行で扱っている金融商品の紹介もあったそうです。そこで聞いた言葉に思わずくらっときたといいます。

 

「たとえば、お孫さんのために――」

 

加藤さんは、警察官という職業柄、常に疑うことを訓練されてきました。言葉の裏を読み、物事の本質を見抜く――その洞察力は見事のひと言でした。しかし、そんな加藤さんにも、たったひとつだけ、心の警戒を解いてしまう弱点があったのです。それが、今年、幼稚園に上がったばかりの初孫の存在でした。

 

「息子や娘は、厳しく育てました。『厳しく育てないといけない』という思いが、自然とあふれてきたのです。しかし孫に対しては、そのような感情はなく、ただかわいいだけ。まるで天使のようです」

 

話している間も段々と目尻が垂れてくる……厳格な元警察官の顔つきから、どこにでもいる好々爺のそれへと完全に変わっていくのです。

 

「お孫さんは成長に伴い、いろいろとお金を必要とするときがくるでしょう。ときに親だけでは支えきれないときもあるでしょう。そのようなとき、おじいさん、おばあさんの出番です――」

 

セミナーで聞いたそんな文言を真に受けた加藤さんは、65歳で資産運用をスタートさせました。まずは銀行が勧めていた「退職金運用プラン」を検討し、定期預金と比較的リスクの低いとされる投資信託を合わせたそのプランに、退職金から500万円を託すことにしたのです。

 

投資家としてデビューした加藤さんは、退職金の残り半分をご自身で運用することにしました。証券会社の口座を何とか開設し、初めて株式投資にチャレンジします。初めは、誰もが聞いたことがあるような大企業の株式を購入しました。市場全体が好調だったこともあり、株価は基本的に右肩上がりでした。

 

「すべては孫のために」――。加藤さんにとって、それは魔法のような言葉でした。普通預金では考えられないお金の増え方に加藤さんは手応えを感じ、退職金はもちろん、老後資金としてコツコツ貯めてきた預貯金もすべて株式投資に回しました。資産が日に日に増えていくのが面白くてたまらなかったといいます。

 

しかし、その高揚感は長くは続きません。ある海外の経済指標の悪化をきっかけに相場は急落。加藤さんの資産は、わずか数週間で数百万円単位のマイナスを記録します。

 

そんな状況を前に、かつて市民の安全を守っていた冷静沈着な姿はありませんでした。大慌てで株式を売却した結果、資産は投資を始める前の7割程度になってしまいました。完璧だった人生プランが崩れてしまい、「この先、老後破産してしまうのではないか」と戦々恐々としているといいます。

 

ちなみに株価はその後半年ほどかけて回復し、さらに高値を更新したとのこと。「あのとき売らなければ……」と思っても後の祭りです。

 

「本当に愚かでした。十分な知識を持たず孫を言い訳にギャンブルのように投資につぎ込み、最終的に判断を間違えてしまった。孫に良いところを見せるはずが、とんだ笑いものですよ」

 

正義感にあふれ、実直に生きてきた加藤さん。退職を機に手にした大金と、孫への愛情という抗いがたい感情の前にもろくも崩れ去ってしまったのです。

 

[参考資料]

総務省『令和6年 地方公務員給与実態調査』

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』

日本年金機構『令和7年4月分からの年金額等について』