長い会社員生活の末に迎える定年。その後はさまざまな選択肢がありますが、そのなかの一つがシニア起業です。「最後に大きな花を咲かせよう!」と、長年思い描いてきた夢の実現へと舵を切る人も少なくありません。しかし、ビジネスの世界が甘くないことは、多くの人が知るところです。
「退職金1,800万円」60歳定年男性、再雇用を断り意気揚々と「自分の店」をオープンも閑古鳥…土下座する夫に妻が放った「痛烈なひと言」 (※写真はイメージです/PIXTA)

負債を抱えて夢を諦めた定年男性…さらなる追い打ち

ここで店を閉めてしまっては、投資額さえ回収できず、ビジネスとしては失敗です。木村さんは焦りました。起死回生を狙い、隣接する空き店舗も借り、総菜を活かした飲食店をオープン。当初は物珍しさから客も集まりましたが、やがて閑古鳥が鳴くようになりました。売上は減少の一途をたどる一方、家賃や光熱費、フランチャイズ本部へのロイヤリティは容赦なくのしかかりました。開業からわずか1年半。店の経営は完全に行き詰まり、赤字は膨らむばかり。ついに閉店を決断せざるを得ませんでした。

 

店の後片付けをしながら、木村さんは途方に暮れていました。店舗の原状回復費用や厨房機器のリース契約の違約金などで、手元には約400万円の負債が残りました。「すまない。残っている退職金で、この借金を清算させてくれないか」。自宅で明子さんに土下座する木村さんに、返ってきたのは氷のように冷たい言葉でした。

 

「それはできません」

 

ずっと夫の夢を黙って見守っていた妻がきっぱりと言いました。

 

「そのお金は、私たちの老後資金です。あなたの夢の清算をするためのお金ではありません。自分で始めたことなのですから、最後まで自分で責任をとってください」

 

その言葉は、木村さんの最後の甘えを打ち砕くのに十分すぎるほどの一撃でした。退職後、初めて味わう絶望でした。

 

中小企業庁『2023年版 中小企業白書』によると、起業後の企業生存率は、1年後で95.3%、5年後には81.7%。約2割の企業は5年以内に市場からの退出を余儀なくされています。木村さんの店も、そのなかの一つとなってしまったのです。

 

妻の言葉に、返す言葉もありませんでした。木村さんは、負債を返済するため、再び働くことを決意しました。しかし、60代を正社員として雇ってくれる会社は、そう簡単には見つかりません。ハローワークに通い、何社も面接を受けましたが、結果は不採用の連続。「年齢不問」と書かれた求人でさえ、実際には若い人材を求めていることを痛感させられました。

 

結局、木村さんは昼間は近所のスーパーマーケットで、黙々と商品を棚に並べる品出しの仕事、夕方からはセルフ式のガソリンスタンドで、給油客の対応や清掃業務をこなしました。60代で肉体を酷使する仕事はキツイの一言でした。

 

バイト代をすべて負債の返済に充てれば、2年ほどで完済できるはず。そうしたら穏やかな老後を送ろう、無理な挑戦はもうやめよう――木村さんは心に決めたといいます。

 

[参考資料]
厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』
中小企業庁『2023年版 中小企業白書』