長い会社員生活の末に迎える定年。その後はさまざまな選択肢がありますが、そのなかの一つがシニア起業です。「最後に大きな花を咲かせよう!」と、長年思い描いてきた夢の実現へと舵を切る人も少なくありません。しかし、ビジネスの世界が甘くないことは、多くの人が知るところです。
「退職金1,800万円」60歳定年男性、再雇用を断り意気揚々と「自分の店」をオープンも閑古鳥…土下座する夫に妻が放った「痛烈なひと言」 (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金1,800万円を元手に選んだ道

中堅メーカーに38年間勤務し、60歳での定年を機に大きな決断をした、木村浩二さん(60歳・仮名)。会社から再雇用を打診されましたが、木村さんは退職の道を選んだのです。

 

「組織に縛られたままなのはもったいない。一度しかない人生、自分だけの力でやってみたい」

 

そんな挑戦心が退職の理由でした。定年とともに受け取った退職金は1,800万円。この資金を元手に起業。考えたのは、当時流行し始めていた総菜店でした。

 

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』によると、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の定年退職者への退職給付額の平均は1,896万円。木村さんが手にした1,800万円という金額は、ほぼ平均的な額であり、第二の人生をスタートさせる元手としては妥当な金額といえるでしょう。

 

退職後のビジョンを妻・明子さん(58歳・仮名)に語ったとき、彼女の顔が曇ったのを木村さんは見逃しませんでした。「あなた、飲食店の経営なんてしたことないでしょう。そんなに甘い世界じゃないわよ」。明子さんの心配はもっともなことでした。しかし、木村さんには秘策がありました。

 

「大丈夫だ。いきなり全部自分でやるわけじゃない。フランチャイズに加盟するつもりだ。本部がノウハウを教えてくれるし、食材の仕入れルートも確保されている。これなら素人でも失敗は少ないはずだ」。そう言って妻を説得し、木村さんは起業へと突き進んでいきました。

 

都心から少し離れた、自身が長年住み慣れた街の駅前に、手頃なテナントを見つけました。退職金から加盟金や店舗の改装費など、初期投資額は800万円ほど。半年後、念願のオープンにこぎつけました。

 

扱っている総菜がメディアで特集されることが多いからか、客足はオープン当初から上々で、この調子なら開業から1年を待たずに投資額を回収できそうでした。「やはり俺の読みは間違っていなかった」と、成功を確信していました。

 

しかし、その楽観は長くは続きませんでした。オープンから半年が過ぎた頃から、明らかに客足が鈍り始めたのです。原因は流行の終焉でした。ブームはあくまでも一過性のもので、飽きられるのもあっという間だったのです。