大学生の2人に1人が利用する奨学金。それは、高騰する学費と伸び悩む所得の狭間で、多くの家庭にとって避けられない選択肢となっている。しかしその決断は、親にとっての「子に借金をさせる」という苦悩以上に、子の将来の制約に繋がりかねない。本記事では、Aさんの事例とともに、奨学金の現状について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。
申し訳ない、我が家の収入では国立大でも行かせられない…世帯月収45万円・52歳父が懺悔→17歳長男「わかった」の先に待つ厳しい運命 (※写真はイメージです/PIXTA)

若いうちでも“やりたいこと”より“稼げる仕事”

Aさんの長男は現在、大学3年生。就職活動が本格化するなかで、希望する企業について話をする機会も増えたという。

 

「息子は“やりたいこと”というより、“とにかく給料が高い会社に行きたい”というんです。その分、成果が求められるから若いうちから成長できる環境なんだと話していますが、背景には奨学金の返済負担のことがあるんだろうなと思います」

 

Aさんは、こうした傾向はいまの若者にとって無理もないと語る。

 

「最近は“賃上げ”といわれて若者の給料は上がってきているようにみえますが、物価も上がっていますし、社会保険料の負担も重い。息子のように1年目から月2万円前後を返済にあてるって、相当きついですよ。『たった2万円』じゃありません。ほかの人より300万円マイナスな状態で社会に出て、20年近くかけて返済するって、精神的にも負担になってしまわないか心配です」

奨学金を借りる“構造”が当たり前になった社会

Aさんのように、「自分は奨学金を借りずに大学に行けたのに、子どもには借りさせざるを得なかった」というケースは、いまでは珍しくない。

 

この背景には、ここ30~40年で保護者世代の所得が伸び悩んでいる一方で、学費が上がり続けているという構造的な問題がある。私立大学の授業料は約1.8倍、国立大学は約2.4倍にもなっている。

 

いまの若者たちは、高校在学中に約300万円もの奨学金を借りる決断をしなければならない。それも、希望の大学に合格できるか、卒業後は就職できるのか、健康に働き続けられるのかもわからない、たった17〜18歳の時期にだ。そして就職活動の際には、「やりたいこと」よりも「借金を返せる給料」で仕事を選ぶ──。

 

このような状況は、もはや“本人や家庭の責任”で片づけられる話ではなく、社会にとっても決して健全とはいえない。

所得税や社会保険料が課されず、企業が従業員の奨学金返済を肩代わりする制度

奨学金を借りなければ大学に行けず、借りたら将来の選択肢が狭まる。この矛盾を前にして、「返すことを支える社会的な仕組み」が必要だと、筆者は強く感じている。

 

最近では、企業による「奨学金の返還支援制度」が着実に広がりはじめている。これは、企業が従業員の奨学金返済を肩代わりする制度で、企業が日本学生支援機構に直接送金することで、所得税や社会保険料が課されない。従業員にとっては大きな経済的メリットがある。さらに、「企業が自分を支援してくれる」という安心感によって心理的な負担も和らぎ、企業へのエンゲージメントや生産性の向上にも期待ができる取り組みなのだ。

 

教育を受けることが“借金のスタート”になってはいけない──。こうした動きを広げていくことで、若者の未来を“借金”で始めさせない社会にしていきたい。

 

 

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者