(※写真はイメージです/PIXTA)
妻が突き付けた「現実」……食卓に置かれた7桁の見積書
これ以上ないほどの安堵感と達成感に包まれて始まった定年後の生活。それまで始業1時間前には会社に到着して仕事をしていましたが、いまは始業10分ほど前にのんびりと出勤し、ほぼ残業なしで仕事を終えます。何とも落ち着いた日々に、当初は張り合いがなく戸惑ったものの、今はそんな時間の流れ方にも慣れたものでした。しかし、そんな穏やかな日々は長く続きませんでした。
ある日の夕食後、「お疲れのところ悪いんだけど、少し家のことで相談があるの」 と、神妙な面持ちの妻が1通の紙をテーブルの上に置きました。近所の工務店の名前が入った見積書です。
「そろそろ、あちこちガタが来ているんじゃないかって言っていたじゃない。だから見積もりをとったの」
明子さんの言葉に、健司さんは少し面倒そうな顔をしつつも、見積書に目を落としました。
「まあ、30年も経てばな。水回りくらいは新しくしてもいいかもしれないな――」
そう言いながら見積書に目を落とした健司さんは、一瞬、言葉を失いました。
【リフォーム工事御見積書】
外壁・屋根塗装工事:1,800,000円
キッチン交換工事(食洗器付):1,500,000円
ユニットバス交換工事(浴室暖房乾燥機付):1,300,000円
トイレ交換工事(1F・2F):600,000円
給湯器交換工事:700,000円
内装工事(壁紙・床一部張替え):500,000円
バリアフリー化工事(手すり設置・段差解消):400,000円
諸経費:400,000円
合計金額:7,200,000円
「ななひゃく……にじゅうまん……?」
健司さんの声はかすかに震えていました。7桁の見積額。100万円か200万円程度かと思っていましたが、予想をはるかに超える金額でした。
「こんなにかかるのか? 外壁の塗り替えに、風呂や台所も全部……。バリアフリーって……俺たちはまだそんな歳じゃないだろう」
確かに、この家に住み続けるなら、いつかはやらなければいけないことだと分かっています。しかし、ローン返済から解放されたばかり。もう少し、この解放感にひたっていたいのです。
「これは最低限かかるもの。そして、いろいろとオーダーして出してもらった見積もりがこちら」
妻はもう一枚の見積書を出しました。それは先ほどの見積書から一桁増え、8桁になっていました。
「いっ、いっ、いっせんごひゃくまん……?」
「色々と特別仕様で建てたじゃない。だからリフォーム代も高くつくみたい」
国土交通省『令和5年 住生活総合調査(速報値)』によると、今後の住み替えにおける住宅の質で重視する点を聞いたところ、65歳以上夫婦の持ち家世帯では「高齢者への配慮(段差がない等)」がトップで22.4%。「広さや間取り」(17.1%)、「地震に対する安全性」(11.7%)と続きました。ちなみに環境面では「日常の買い物などの利便」が43.2%でトップ。「医療・福祉・介護施設の利便」(15.6%)、「治安」(5.0%)と続きました。
「ゆっくり考えたところで結論は同じよ」
「ローンを利用する? それとも現金で一括で払う?」
妻は決断を迫ります。「ちょ、ちょっと待ってくれ」というのが精いっぱいの佐藤さんでした。ローンを完済したと思ったら、再び大金が必要になる――。「こんなことなら、マイホームなんて買わなきゃよかった」と、妻には聞こえないように呟いたといいます。
60歳という年齢は、まだ老後は先と考えがちです。しかし、安心して快適に住み続けることを叶えるのであれば、早めにマイホームのバリアフリー化を考えておきたいもの。そのためには大金が必要になることも、しっかりと覚悟しておくべきでしょう。
[参考資料]
国土交通省『令和5年 住生活総合調査(速報値)』