人生の節目を迎えたとき、私たちが頼りにする「公的な保障」。その仕組みや受け取れる金額について、正確に理解している人は意外と少ないかもしれません。本記事では、年金制度の現実と、その落とし穴について考えていきます。
遺族年金があるから大丈夫だって言ったじゃない…〈年金月16万円〉66歳夫の急死で途方に暮れる65歳妻、年金事務所で膝から崩れ落ちる「どう生きていけばいいのか」 (※写真はイメージです/PIXTA)

「4分の3もらえる」は本当だが…遺族年金の落とし穴

良子さんの不安が的中したのは、それから半年も経たない、ある冬の朝のこと。明夫さんが、布団の中で冷たくなっていたのです。死因は、急性心筋梗塞でした。

 

悲しみに暮れる暇もないほど、葬儀や諸々の手続きに追われる日々が続きます。四十九日を終え、少しだけ落ち着きを取り戻した良子さんは、今後の生活のため、重い足取りで年金事務所へと向かいました。遺族年金の手続きのためです。

 

「大丈夫、夫が遺してくれた年金がある」。そう自分に言い聞かせながら順番を待ち、窓口の担当者に夫の死を伝え、必要書類を提出しました。担当者は丁寧ながらも淡々と手続きを進め、やがて良子さんに、今後の年金受給額について説明を始めました。

 

「ご主人の明夫様は老齢厚生年金と老齢基礎年金を受給されていましたので、良子様には遺族厚生年金が支給されます」

 

良子さんは、夫の言葉を思い出していました。「俺の年金の4分の3はもらえる」。その言葉を信じ、担当者の次の言葉を待ちます。

 

「計算しますと、良子様が受け取れる遺族厚生年金の額は、明夫様の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3になりますので、月額でおよそ6万円ですね」

 

良子さんの耳に飛び込んできたのは、予想とはあまりにもかけ離れた金額でした。12万円もらえるはずではなかったのか。頭が真っ白になる良子さんに、担当者の説明が続きます。

 

「そして、良子様ご自身の老齢基礎年金が月約7万円ありますので、合計で月々13万円ほどの受給額になる見込みです」

 

これこそ、遺族年金における最もよくある勘違いです。「亡くなった人の年金の4分の3がもらえる」と多くの人が思っていますが、正しくは、「遺族厚生年金の受給額は、亡くなった人の老齢厚生年金の4分の3」。基礎年金を含めて計算してしまうと、良子さんのように「えっ、思っていた金額よりもずいぶんと少ない」という事態に陥るのです。

 

さらに遺族年金には、「繰下げ受給による増額分は反映されない」「自身の老齢厚生年金と同時に満額はもらえない」など、一般には知られていない複雑なルール(落とし穴)が存在するのです。

 

あまりに複雑で、担当者の丁寧な説明を一度聞いただけでは全てを理解できませんでした。しかし、確かなことは、夫亡きあとの年金は月13万円ほどだということだけ。

 

「じゅ、13万円……それだけで……」

「遺族年金があるから大丈夫だって言ったじゃない……」

 

年金月23万円でやっと成り立っていた生活が、これからは月13万円にも満たない金額でやっていかなくてはならない。家賃を払い、光熱費を払い、食費を払えば、もう何も残らない。夫が楽観的に口にした「大丈夫」という言葉が、呪いのように頭の中で繰り返され、良子さんは思わずその場に膝から崩れ落ちました。

 

万一のときに向けた備え。公的な制度について、人から聞いた話を鵜呑みにするのではなく、自ら正確な情報を確認しておくことがいかに重要であるかを、この一件は物語っています。

 

[参考資料]
厚生労働省『令和7年度の年金額改定についてお知らせします』
公益財団法人生命保険文化センター『2024(令和6)年度「生命保険に関する全国実態調査」』