(※写真はイメージです/PIXTA)
父が見せた「決定的な兆候」
「最近、どうもこいつの使い方がよく分からなくなってしまってな……」
健介さんの言葉に、拓也さんは耳を疑いました。
「使い方って……いつも使ってただろ?」
「いやあ、なんだか急にだな。どれを押したら何ができるのか、さっぱりで……」
信じられませんでした。あれほど楽しそうに孫とのビデオ通話をしていた父が、まるで初めてスマホを触るような態度をとっているのです。「ほら、これだよ。いつも使ってる緑のやつだよ」。拓也さんがLINEのアイコンを指差しても、健介さんの目はどこか泳いでいます。その後の数十分で、拓也さんは愕然としました。文字の入力や写真の送り方など、1から説明しても「うーん」とうなるばかり。まるで昨日までできていたことが、脳からすっぽり抜け落ちてしまったかのようでした。
「もういい!こんなもの、なくても生きていけるわ!」
健介さんがスマホをテーブルに叩きつけた音がリビングに響きました。それは、単なる癇癪ではなく、どこか不安や憤りを感じさせるものだったといいます。
拓也さんは何気ないふりをして部屋を見渡します。壁のカレンダーには、毎日つけていた赤い丸印が5日前から止まっています。冷蔵庫を開けると、同じメーカーの納豆が10パック以上も詰め込まれていました。拓也さんの不安は確信に変わり、健介さんと一緒に病院へ。認知症の初期との診断を受けました。
認知症ではないかと思われる言動として、今切ったばかりなのに、電話の相手の名前を忘れるなどもの忘れがひどくなったり、新しいことが覚えられなくなるなど判断・理解力が衰えたり、好きなものに興味・関心を示さなくなるなど意欲がなくなったり、さまざまなことが起きます。なかには「昨日まではできていたのに……」ということも。認知症のもの忘れは加齢のものとは異なり、もの忘れの自覚がないことがほとんど。そのため、本人が強い不安感を覚えることも珍しくありません。
厚生労働省の資料によると、2025年、認知症患者はおよそ700万人。65歳以上の高齢者に占める割合は、この10年強で15%から20%に増えました。高齢化の進展とともに患者は増え続け、2040年には802万~953万人に増えると予測されています。認知症の問題は、高齢の親をもつ人であれば誰もが直面する可能性があるのです。
拓也さんは、父の異変に気づけた自分を「まだ間に合った」と思いたいと語ります。
「親が元気だと思い込んでいた。でも、いつも通りではなくなって、すぐ気づけたのは、週に一度のLINEがあったからかもしれません」
[参考資料]
厚生労働省『認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計』
政府広報オンライン『知っておきたい認知症の基本』