(※写真はイメージです/PIXTA)
「こんなはずじゃなかった…」快適な住まいが変えたもの
快適なマンション暮らしが始まって5年が過ぎ、聡子さんが70歳になったある日のこと。夫の健一さんがリビングで突然倒れました。幸い一命はとりとめましたが、脳梗塞の後遺症で右半身に麻痺が残り、医師からは「要介護3」の判定が下されました。
「これからは、私が支えなければ」
聡子さんは気丈に振る舞い、在宅での介護を決意します。しかし、その決意とは裏腹に、住み慣れたはずの我が家が、介護の場としてはあまりに不向きであることを痛感させられる日々が始まりました。
まず直面したのは、車椅子の問題です。健一さんの移動には車椅子が必須となりましたが、マンションの廊下は人がすれ違うには十分でも、車椅子が回転するには狭すぎました。特に、寝室からトイレへの動線では、何度も壁にぶつかり、聡子さんが力ずくで方向転換させなければなりませんでした。
最新式と喜んでいたタンクレストイレも、介護の場面では障壁となります。便器の周りに介助スペースがほとんどなく、聡子さんが健一さんの体を支えながらズボンを下ろすといった一連の動作が、極めて困難だったのです。手すりをつけようにも、壁の材質の問題で思うような位置に取り付けられません。
ユニットバスも同様でした。洗い場のスペースが限られているため、シャワーチェアを置くと、聡子さんが体を洗ってあげるための立ち位置すら確保できません。滑りやすい床の上で、中腰になりながら夫の体を支える毎日。聡子さんの腰には、日に日に重い負担がのしかかっていきました。
「戸建ての家だったら、リフォームも自由にできたかもしれないのに……」
マンションは管理規約によってリフォームに制限があります。水回りの大幅な変更や、廊下を広げるような構造に関わる工事は、事実上不可能でした。
「こんなはずではなかった。まったく、安心じゃなかった――」
聡子さんの言葉には、健やかな日々だけを思い描き、避けられない「老い」や「病」のリスクをまったく考慮しなかった自分たちへの、深い後悔が込められていました。
厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』などで年齢別に人口に占める要支援・要介護認定者の割合をみていくと、「65~69歳」で2.9%、「70~74歳」で5.8%、「75~79歳」で11.6%、「80~84歳」で26.2%と、年齢とともに増えていくことがわかります。高齢者の住み替えでは、年齢とともに増す介護リスクも考慮して考えるべきといえるでしょう。
[参考資料]
内閣府『令和6年高齢社会白書』
厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』