デジタル機器の普及とともに、昨今は銀行のサービスもデジタル媒体へ移行しています。老後の生活のためにライフプランや資金形成の話し合いをすることはあっても、管理方法についてはどうでしょう……。意外なところで大きな障害を抱えることになるかもしれません。本記事ではAさん夫婦の事例とともに、デジタル機器が引き起こした資産管理トラブルについて、株式会社アイポス代表の森拓哉CFPが解説します。
銀行員「恐れ入りますが、お手続きできません」…年金月29万円・高齢夫婦、75歳夫の口座凍結危機を打破した73歳妻。その後に待ち受けていた〈取り返しのつかない事態〉【CFPが警鐘】 (※写真はイメージです/PIXTA)

融資から3年…

あることをきっかけに妻Bさんは大きなストレスを抱えることになります。78歳を過ぎたAさんに認知症の症状がみえはじめたのです。

 

症状は段々と進行し、Aさん自身でのお金の管理はとてもできない状態に。金融機関の担当者もAさんの状況を知ると、取引に距離を置くようになりました。その様子をそばで見ていた妻Bさんは、これからの介護費などを心配し、資産をいつでも使える現金にしておこうと考えます。

 

融資時に購入した投資信託の基準価格は上昇しており、いま解約をすれば損失が出ることもなく、預貯金の確保ができそうです。「相場のよいうちに……」と急いだ妻Bさんは、投資信託の解約を銀行を通して依頼します。

 

ところが、Aさんの状況を知った銀行側の回答は、「ご足労いただいたところ恐れ入りますが、解約の手続きはご本人にしかできません。認知症とわかった以上、後見人を立てていただかなければ投資信託の解約に応じることはできません」というものでした。Bさんは少し慌てるも、「いい機会と思えばいいじゃない」と前向きに気持ちを保って、落ち着いて資産を整理していきます。

 

Aさんには区分所有で運用していた投資用マンションもありました。Bさんは「マンションもいずれは自分が管理しなければならないから」と、今回の投資信託の件とまとめて解決しようと考えます。そこで、後見人の申立て手続きを司法書士に依頼しました。こうしてBさん自身が後見人となったのですが、思いがけない障害がBさんの後見人業務に立ちはだかったのです。

悪戦苦闘するデジタル音痴の妻

夫Aさんはパソコン、スマートフォンの操作に非常に慣れていたのですが、妻Bさんはデジタルな手続きはすべてAさんに任せるほどに、デジタル音痴でした。後見人業務として財産の管理状況を裁判所に報告する際には、通帳のコピーを求められます。Bさんはデジタルの通帳情報を得るために金融機関のサイトにログインして、該当期間を自ら選択し、画面に表示された入出金記録を印刷する、という作業をこれまでまったく経験したことがなかったのです。

 

紙の通帳にしか馴染みがないBさんは銀行に紙の通帳の追加発行を依頼しましたが、一度デジタル通帳が選択されてしまっていたため、発行には応じてくれませんでした。「デジタル通帳を廃止して、紙の通帳に戻してほしい」とBさんは懇願しますが、銀行はそれも受け付けてくれません(金融機関によって対応は異なります)。

 

結局、入出金記録の印刷のためだけに毎回人を頼らないといけない始末です。できてしまえば簡単な作業ですが、Bさんは大きなストレスを抱えるようになってしまいました。追い打ちをかけるように、金融機関のサイトが本人確認を厳重に行うため、二段階認証を求めてくるようにもなりました。

 

ちょっとしたことですが、デジタル化の波に乗れない悲劇は、より深刻な形ですぐそこに潜んでいるのかもしれません。