「資金があれば老後は安泰だ」そう信じていた65歳元会社員の青木さん(仮名)。貯蓄も年金も十分にあり、住宅ローンも完済。誰もが羨む理想的な老後ですが、退職で変化した生活を持て余し、引きこもった青木さんは「ある疾患」と診断されてしまいました。今回は青木さんの事例を元に、資金以外にも必要な「老後の準備」について、CFP®の伊藤寛子氏が解説します。

年を取るのがこんなに辛いとは…貯蓄3,500万円の65歳・元会社員、天井をぼんやり見つめポツリ。お金の不安がない〈理想の老後生活〉のはずが「じっと家に引きこもる毎日」【CFPの助言】
資金は十分、順風満帆な老後生活のはずが「引きこもり」に
65歳の青木さん(仮名)は長年勤め上げた大手メーカーを定年退職。退職金と合わせた貯蓄は3,500万円。住宅ローンも完済済みで、夫婦で受け取る年金は月28万円ほどの見込みです。
「これなら老後資金に困ることはないだろう。これで第二の人生は安泰だ」
金銭的な不安はなく、順風満帆な老後を迎えるはずでした。退職後最初の1〜2か月は、長年の緊張から解き放たれ、自由を満喫していました。朝から出勤時間に追われ、満員電車に疲弊することもありません。平日の昼間にゴルフに行ったり、早い時間から飲みに行ったり、充実した日々を過ごしていました。ところが、それは長くは続きませんでした。
友人たちにはまだ仕事を続けている者、孫や親の面倒を見ている者など、それぞれ事情があり、なかなか予定が合いません。予定がない日はただ時間が流れていくだけで、「なにをしていいのかわからない」そんな日が続くようになりました。
次第に、朝規則正しく起きる必要性を感じられず、テレビをつけても興味が湧かなくなり、スマホを見てはぼんやりする時間が増えていきました。外出は減り、特に変わり映えのない日々が過ぎていくため、食事中も無口になりがちになっていきました。かつてバリバリと仕事をこなし、周囲からも一目置かれていた青木さんですが、静かに家に閉じこもるようになってしまったのです。
気づけば青木さんは「何もかもが億劫だ」と感じるようになり、次第に些細なことにもイライラし、家族にあたることが増えていきました。そしてある朝、テレビをつける気も起きず、ただぼんやりと天井を見つめながら、ふと「自分はもう誰にも必要とされていないんじゃないか、年を取ることがこんなにつらいとは」とつぶやきました。
そんな青木さんの姿を見て心配した妻は、病院の受診を勧めました。はじめは「老化のせいだ、病気じゃない」と拒んでいた青木さんでしたが、かかりつけ医の紹介で心療内科を受診すると、「うつ状態の可能性がある」と伝えられ、治療を始めることになりました。