資金は十分、順風満帆な老後生活のはずが「引きこもり」に

65歳の青木さん(仮名)は長年勤め上げた大手メーカーを定年退職。退職金と合わせた貯蓄は3,500万円。住宅ローンも完済済みで、夫婦で受け取る年金は月28万円ほどの見込みです。

「これなら老後資金に困ることはないだろう。これで第二の人生は安泰だ」

金銭的な不安はなく、順風満帆な老後を迎えるはずでした。退職後最初の1〜2か月は、長年の緊張から解き放たれ、自由を満喫していました。朝から出勤時間に追われ、満員電車に疲弊することもありません。平日の昼間にゴルフに行ったり、早い時間から飲みに行ったり、充実した日々を過ごしていました。ところが、それは長くは続きませんでした。

友人たちにはまだ仕事を続けている者、孫や親の面倒を見ている者など、それぞれ事情があり、なかなか予定が合いません。予定がない日はただ時間が流れていくだけで、「なにをしていいのかわからない」そんな日が続くようになりました。

次第に、朝規則正しく起きる必要性を感じられず、テレビをつけても興味が湧かなくなり、スマホを見てはぼんやりする時間が増えていきました。外出は減り、特に変わり映えのない日々が過ぎていくため、食事中も無口になりがちになっていきました。かつてバリバリと仕事をこなし、周囲からも一目置かれていた青木さんですが、静かに家に閉じこもるようになってしまったのです。

気づけば青木さんは「何もかもが億劫だ」と感じるようになり、次第に些細なことにもイライラし、家族にあたることが増えていきました。そしてある朝、テレビをつける気も起きず、ただぼんやりと天井を見つめながら、ふと「自分はもう誰にも必要とされていないんじゃないか、年を取ることがこんなにつらいとは」とつぶやきました。

そんな青木さんの姿を見て心配した妻は、病院の受診を勧めました。はじめは「老化のせいだ、病気じゃない」と拒んでいた青木さんでしたが、かかりつけ医の紹介で心療内科を受診すると、「うつ状態の可能性がある」と伝えられ、治療を始めることになりました。