半年ぶりに再会した兄の異変

東京都内で暮らす吉村智代さん(仮名・60歳)は、母と兄夫婦が暮らす埼玉県の家を訪れました。兄の宮崎正之さん(仮名・65歳)から、「相談したいことがある」と呼び出されたからです。

玄関に入ると、漂う異臭に「これはただ事ではない」と感じたという智代さん。出迎えた正之さんは、頬がこけ、以前とは比べものにならないほど痩せ細っていました。

半年前、親戚の法事で会ったときは「ちょっと疲れているかな」と思う程度でしたが、わずか半年でここまで変わるものかと、智代さんは言葉を失いました。

家の中もまた、以前とは様子が違っていました。洗濯物が山積みになったリビングでは、母・睦子さん(88歳)がぼんやりとテレビを眺めています。認知症が進み、智代さんのこともすぐには思い出せない様子でした。

隣の部屋では、正之さんの妻・泰子さん(70歳)がベッドに横たわっています。脳梗塞の後遺症で右半身に麻痺が残り、入浴や排泄、移動に介助が必要な要介護3の状態です。

正之さんは妻と母の二人を、たった一人で介護していました。智代さんは泰子さんが脳梗塞で倒れたことは聞いていましたが、退院後に介護が必要な状況とは思っていなかったのです。

「このままでは俺も倒れそうだ。いったいどうしたらいいんだ」

切羽詰まった兄の言葉に、智代さんの胸は締め付けられました。まさか、こんなことになっていたとは……。

話は5年前にさかのぼります。正之さんの父が亡くなったとき、福島県で一人暮らしとなった母・睦子さん(当時83歳)をどうするか、兄弟で話し合いました。智代さんには大学生の子どもがいてフルタイムで働いているため、睦子さんを引き取る余裕がありませんでした。

結局、正之さんが母を引き取る代わりに、父の遺産約6,000万円(実家を売却した代金を含む)をすべて相続するということで、話はまとまりました。

正之さんは遺産の一部でバリアフリーの中古住宅を3,000万円で購入し、母を呼び寄せました。その時点の資産は遺産の残りの3,000万円に加え、自宅の売却代金2,000万円、さらに退職金1,500万円。合計6,500万円ほどありました。

「いざとなればお母さんが施設に入居する程度のお金はあるし、大丈夫だろう」と智代さんは思っていたのです。

ところが、正之さん夫婦と同居を始めてから睦子さんには徐々に認知症の症状が現われ、要介護2と判定されました。母の介護は主に5歳年上の妻・泰子さんが担っていましたが、正之さんは65歳で嘱託を終え、「これからは自分も母の介護をしよう」と考えていたといいます。

その矢先、退職からわずか数ヵ月後に、泰子さんが脳梗塞で倒れたのです。正之さんは認知症の母と、脳梗塞後遺症の妻という「ダブル介護」を一人で担うことになり、行き詰まってしまったのでした。そして、妹の智代さんに助けを求めたのです。