年金の受給開始年齢を遅らせれば、その分だけ受取額は増える。「年金の繰下げ」の仕組みは制度としては合理的で、多くの人にとって魅力的に映るかもしれません。しかし、将来の「安心」を得るために、今という「時間」を差し出すその選択に、思いがけない代償が伴うこともあります。果たして、年金を「遅らせること」は誰にとっても得策なのでしょうか。
70歳まで我慢した結果がこれか…バカだな。「年金月23万円」に増額の72歳元サラリーマン、「年金の繰下げ」を強烈に後悔しているワケ (※写真はイメージです/PIXTA)

老後の安心よりも大切なことがあった…

伊藤さん、もし65歳で仕事を辞めて年金を受け取っていたなら――伊藤さんの年金は月16万円。そして妻・明美さんの年金は月10万円。二人合わせて26万円でした。手取りにすると22万円ほどでしょうか。明美さんの年金を貯蓄に回すことはできず、老後の不安という面では繰下げ受給をした場合よりは大きかったかもしれません。たとえば夫婦で旅行に出かける――そのような楽しみも、貯蓄を取り崩して実現、ということになったでしょう。

 

「それでも年金を65歳から受け取っていたら……もっと妻と出かけたり、美味しいものを食べたり、記憶に残る時間を一緒に過ごせていたかもしれません。70歳まで年金を受け取るのを我慢した結果がこれですよ…バカだな」

 

伊藤さんの後悔は、もはや、年金額の多寡ではないのです。

 

厚生労働省『令和4年度 年金制度基礎調査』によると、老齢年金の繰下げ受給者は受給者3,421.87万人のうち、70.79万人。全体のわずか2.07%しかいません。

 

なぜ、繰下げ受給を選んだのか。理由のトップは「年金額が思っていたよりも少なく、増やしたかったため」で28.3%。「終身で受け取れる年金額を増やしたかったため」26.0%、「自分自身に十分な収入があったため」23.0%と続きます。

 

ただ調査ではその後、繰下げ受給をして後悔したかはわかりません。もちろん、繰下げ受給を選択した理由のとおりになり、万々歳という人もいれば、伊藤さんのように後悔でしかないという人もいるでしょう。こればかりは人それぞれなので、一概に年金の繰下げ受給が良い/悪いをいうことはできません。

 

「老後資金の準備」は確かに重要ですが、それと同じくらい「老後をどう生きるか」も重要な。「いつから年金を受け取り始めるか」、夫婦で慎重に考えるべきテーマといえるでしょう。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和4年度 年金制度基礎調査』