
特養入居の日の朝に起きた「喜びの瞬間」
特養は、認知症や身体的な問題を抱える高齢者に専門的なケアを提供する公的な施設であり、民間施設に比べると費用は安価なのが特徴です。勝利さんの年金は月16万円、手取りで14万円弱でした。施設によって異なりますが、この金額で月額費用を賄うことができるケースも珍しくありません。
(特別養護老人ホーム)
第二十条の五 特別養護老人ホームは、第十一条第一項第二号の措置に係る者又は介護保険法の規定による地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護に係る地域密着型介護サービス費若しくは介護福祉施設サービスに係る施設介護サービス費の支給に係る者その他の政令で定める者を入所させ、養護することを目的とする施設とする。
原則として介護保険の要介護認定で「要介護3」以上であることが入所条件ですが、認知症など、要介護1・2の方もやむを得ない事情と認められれば特例で入所できます。特養への入所は長期間にわたる介護が必要な場合に適しています。しかし、由美子さんにとっては、それが父親を「家から出す」ことを意味しており、心情的にはとても辛い決断でした。
「父を家に残しておけないという現実を受け入れるのが、こんなにも難しいとは思いませんでした」と、由美子さんは当時の心情を語ります。ただこのとき、認知症の症状はだいぶ進行し、家族でさえ誰かわからないといった状況でした。そのようななか、自宅で介護を続けるのも辛いものがありました。
「お前は誰だ」
「お前など知らん」
「かあさん(すでに亡くなっている勝利さんの妻)を呼んでくれ」
そう言われるたびに胸が張り裂ける気持ちになりました。
「自分のためにも、お父さんのためにも(特養入居は)よかったのかもしれない。お父さん、ごめんね、許してね」
入居の日。由美子さんが朝食を準備している間、勝利さんは静かにリビングに座っていました。いつもより少し穏やかな表情。そしてふいに「ありがとう」と笑う瞬間がありました。その言葉を聞いた由美子さん。一瞬ではありましたが、以前の勝利さんを感じることができました。
「本当に、ありがとうと言いたかったのだと思います。少しでも父が喜んでいるのがわかって、涙がこぼれました」
介護負担は、ひとりだけで解決できる問題ではありません。急速に進行する高齢化社会に直面しており、介護が必要な高齢者は増加しています。介護を支えるための社会保障制度は存在するものの、その制度が十分かといえば疑問符がつきます。多くの家庭が仕事と介護を両立させるなかで疲弊しており、より社会で介護を支える体制を築いていくことが必要不可欠になっています。
[参考資料]