物価高騰が続くなか、24年春闘の賃上げ率は5.10%と33年ぶりの高水準。2年連続で大幅賃上げを実現しました。一方で、家計への恩恵は限定的です。物価高に賃上げが追いつかず、実質賃金はマイナス状態が続いています。日本の物価と賃金の現状、その背景と要因、25年の賃上げの見通しについて、法政大学教授で日本総合研究所客員主任研究員の山田久氏(以下敬称略)にお話しを伺いました。
賃上げ率は33年ぶり高水準も、物価高にあえぐ日本人…「会社員の給与」は増えるのか?【法政大学教授が解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

――給与所得の引き上げ、特に中高年層の給与所得を上げるためにはどうすればいいのでしょうか。

山田「企業の役職定年制度や定年後再雇用など、給与が減る人事制度の見直しが求められます。それには働く側の意識改革も必要でしょう。これは『働かないおじさん』の問題にもつながりますが、まずは本人がリスキリングなどに取り組み、新たなスキルを身につけたり、能力を高めたりする努力が大切です。

 

同時に、それに対して企業が積極的に支援を行い、その能力に見合った処遇を与えることが大事です。本人の『自己責任』で片づけるのではなく、企業はシニア世代にも人材投資をする必要があります。『働かないおじさん』を生み出している責任の半分は、企業側にあります。

 

[図表5]転職入職者の賃金変動状況
[図表5]転職入職者の賃金変動状況

 

実際、人材不足がこれだけ深刻になっているわけですから、シニア世代も戦力化していかなければ、企業は持続的な経営ができません。若年層だけでは現場が回らないからです。企業側もシニア層を重要な戦力と位置づけ、しっかりと人材投資を行っていくことが大事になります」

インフレは賃上げのチャンス…企業は売り上げ増で収益向上を

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

――山田教授は、「インフレが進む現在は、デフレ脱却と賃上げのチャンス」と指摘されています。

山田「日本企業は長期のデフレ下で、低価格競争に明け暮れてきました。その原資となるのが人件費などのコスト削減でした。しかし現在、デフレが収束し、さまざまなコストアップを背景に緩やかなインフレ時代に入っています。企業はマインドをリセットし、コスト削減ではなく、売り上げを増やすことで収益の向上を目指すべきです。

 

たびたび日本の労働生産性の低さは指摘されます。低生産問題の根源は値付け(プライシング)にあると私は考えています。日本企業は品質の高い製品をつくっても、デフレ下で十分なプライシングができませんでした。

 

しかし、コストプッシュ型とはいえ、物価が上昇トレンドに転換しつつある現在、プライシング戦略を見直す大きな好機です。自社独自の付加価値の高い製品やサービスを創出し、その価値に見合った適正なプライシングを行うことができるのです。

 

消費者の意識も変化しています。足元では物価高で低価格志向が根強いものの、健康への関心の高まりや、良質で長く使えるものを求める消費傾向もみられ、SDGs消費の構造的な高まりも見逃せません。

 

付加価値の高い製品やサービスを提供するためには、優秀な人材の確保、従業員のモチベーションアップが不可欠で、そのためには賃金の引き上げが大事な要素の1つとなります。

 

売り上げを伸ばすことで企業収益を高め、それを従業員に還元し、さらに付加価値の高い製品やサービスを生み出すという好循環をつくっていく。本気でそうした取り組みを行う企業がどれだけ増えるかに、今後の実質賃金アップの成否がかかっているといえるでしょう。

 

――そうした動きが広がってくれば、25年春闘も3年連続での大幅賃上げが見込めるということですね。

山田「そう思います。結局、国の経済というのは個別企業の取り組み、業績などの集積です。ですから低価格競争ではなく、コストを適切に価格転嫁し、売り上げアップを目指す企業が増えることが大きなポイントになります。実際、そうした企業は増えてきています。中小企業を含めてこの動きが広がることが期待されます」

おわりに

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

給与所得者の賃上げ状況については、

 

・賃金は大手企業の若い世代を中心に増えているが、企業規模や年齢層でバラツキがある

・中高年層はリスキリングに取り組む一方、企業側はそれを積極的に支援すべき

・緩やかなインフレを受け、企業は低価格競争から抜け出し売り上げ増を目指す

・企業収益の向上を従業員に還元し、実質賃金のアップ実現へ

 

などの点が挙げられます。働く側、企業側双方の意識変革、取り組みが重要になるといえるでしょう。

 

※本記事は公開時点の情報に基づき作成されています。記事公開後に制度などが変更される場合がありますので、それぞれホームページなどで最新情報をご確認ください。

 

 

山田 久

日本総研調査部客員研究員

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授