物価高騰が続くなか、24年春闘の賃上げ率は5.10%と33年ぶりの高水準。2年連続で大幅賃上げを実現しました。一方で、家計への恩恵は限定的です。物価高に賃上げが追いつかず、実質賃金はマイナス状態が続いています。日本の物価と賃金の現状、その背景と要因、25年の賃上げの見通しについて、法政大学教授で日本総合研究所客員主任研究員の山田久氏(以下敬称略)にお話しを伺いました。
賃上げ率は33年ぶり高水準も、物価高にあえぐ日本人…「会社員の給与」は増えるのか?【法政大学教授が解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

――ただ近年は企業業績が上向き、企業価値(時価総額)が上昇していましたが、賃金はずっと抑えられたままでした。それはなぜですか。

山田「バブル崩壊以降、日本企業は雇用・設備・債務の『3つの過剰』の対策に力を入れてきました。バブル期に多くの投資を行い、そのために借り入れを増やし、社員も増やしたためです。しかし、3つの過剰は2000年代半ばにほぼ解消しました。

 

それ以降、リーマン・ショック(2008年)や東日本大震災(2011年)などで、一時的に経済が悪化する局面はあったものの、基本的には2000年代半ばに経済全体は上向き基調に転じ、企業体質も改善しました。さらに、第2次安倍政権で始まったアベノミクスの効果もあり、特に製造業は利益が出るようになりました。

 

[図表1]人件費と利払い費の推移
[図表1]人件費と利払い費の推移

 

ただ、そのあいだも日本の賃金水準は中国などに比べると高かったですし、経済の先行き不透明感を払しょくできず、日本企業は守りの姿勢を維持しました。利益を内部留保に回し、いざというときに備えようというものです。

 

特に大手企業の場合、労働組合も同じように守りの姿勢をとりました。企業の業績は改善しているものの、賃金に関してはあまり引き上げ要求をしませんでした。もともと日本の労働組合は雇用の維持を大事にするため、賃金を上げて国際競争力が弱まり、結果として海外に生産拠点を移転されると困るという考えが背景にあります。

 

もう1つ付け加えると、物価がデフレで下がっていましたから、賃金が上がらなくても、特に大手企業の会社員は生活水準が大きく低下するようなことはありませんでした」

2023年春闘で大きく転換、24年春闘も大幅な賃上げを実現

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

――それが2023年の春闘で大きく変わりました。

山田「大きくは2つの要因が考えられます。一番は物価の急騰です。世界的な資源や原材料の高騰に加え、円安によるインフレが高進しました。デフレからインフレ経済への移行で、とりわけ2023年はインフレ率が40年ぶりの高水準になりました。

 

二番目に、深刻な人手不足があげられます。あらゆる産業、特にサービス業はそうですが、賃金を上げないと従業員の確保が難しくなりました。

 

そうしたなかで、労働組合も賃上げ要求の声を上げるようになり、経営者のあいだにも賃上げの必要性が浸透してきたということだと思います」