筆者に舞い込んできた“出世”の打診

これで次の航海はトシユキと一緒に行くことになりました。期間はなんと10ヵ月です。私はいいとしても、トシユキはつらかったでしょう。いきなり10ヵ月航海なんてやるもんじゃないと思います。

トシユキは見た目こそ少し貧弱そうですが、元ヤンキーで根性もあって思い切りがよく、結構大胆なこともやる男でした。頭も決して悪くはないです。

「せー、よろしく頼むね」

「トシ、本当にいいのか? 俺もおめーがいたら楽しいけどな」

トシとは一緒に水産高校の連中に立ち向かった仲です。水産の強いヤツらを引き合わせてくれたのもトシでした。それで水産高校と農林高校にものすごい数の友達ができたのを覚えています。水産高校の番長もトシの親友でした。

そんなトシと一緒に10ヵ月航海をすることになるとは縁があるなと思いました。「社長のおんちゃんのためにも、トシを一人前にしなければ」と気合いを入れました。

この船の船頭さんは、わざわざ自宅まで車を走らせて挨拶に来てくれました。港からだと車で1時間以上かかります。

「初めまして、亀清丸船頭の黒木です」

「初めまして」

親も同伴で話しました。船頭さんは小柄で色黒で中東っぽい顔をした、頑固そうな人でした。家に来るだけあって、はっきりと物を言う人でした。親父はえらく気に入ったみたいです。

「仕込みまでにその髪の色は直してきてね。みんなびっくりするから」

「あ、はい」

当時、オキシドールで色を抜いて茶色にしていて、わりと気に入っていたのですがダメでした。

そんな話をしているうちに、船頭はとんでもないことを言いだしました。

「うちで冷凍助手をやってほしいんだ」

「え、冷凍助手?」

「そう。うちの冷凍長は真面目なヤツなんだけど、その男を助けてほしいんだ」

「はい、わかりました!」

ここでまさかの昇格人事。最近ようやく遠洋の解剖を覚えたばかりなのに大丈夫か? とも考えましたが、もうやるしかないと心に決め、トシも連れていくわけだし箔もつくだろうと思い、やってみることにしました。