住んできた世界が違う…入居者との価値観の違いに悩む
入居手続きも長男が完璧にこなしてくれ、素子さんは荷物をまとめるだけ。お金の管理も長男にお願いし、素子さんは何も心配することなく、老人ホームでの暮らしをスタートさせました。
しかし、しばらくすると違和感を覚えるようになりました。夫婦共働きだった素子さん。「女は家、男は仕事」という考えが強いときから、女性も自立すべきという信念のもと、子育てと仕事を両立。亡くなった夫も素子さんの考えに大いに賛同し、サポートしてくれました。一方でホームに住む人々は気位が高く、ブランド品を身に着け、会話のなかでは配偶者の地位や資産を自慢するような人ばかり。素子さんとは話が合わなければ、住む世界も違う……そんな人たちばかり。オペラにオーケストラ鑑賞に……趣味の話もまったく合いません。価値観の違いがこれほどつらいとは思わなかったといいます。
――見学だけではわからないものね
「住めば都。そのうち慣れる」とも思いましたが、退去を決断。入居からわずか45日でした。クーリングオフ期間なので、出費も最低限で済む、という事情もありました。またホームにいたわずかな時間でも、他人と触れ合うことで、夫を亡くした喪失感は薄れました。これであれば自宅に戻っても大丈夫……そう思えたことも、退去を決めた大きな理由です。
退去する日、車で迎えに来てくれた長男。自宅に向かうだろうと思ったのですが、どうも違うらしい……「どこに行くんだい?」と聞くと、長男の自宅だといいます。そこで発覚したのが、素子さんの自宅は売却されてしまったということ。
夫が亡くなったとき、多くを相続しても意味ないだろうと考え、素子さんは最低限の遺産を受け取った以外は、子どもたちで遺産分割を進めるようにしました。また実家は将来のことを考え長男が相続し、そこに素子さんが住み続けるようにしたといいます。長男が売ろうと思えば売れる状態にあったのです。
――もうあの家に戻ることはないと思って……
もしや、家を売るために老人ホームを勧めたのでは……そんな思いが駆け巡ります。さらに素子さん名義の口座からはお金が徐々に引き出されていたこともわかりました。「子どもの教育費などに使わせてもらった」といいますが、何も断りもなく引き出すなんて……退去を決めたと長男に伝えたとき、どこかうろたえている様子だったのを思い出した素子さん。それは後ろめたいことがあったからでした。
――長男に裏切られた気持ちでいっぱいです
そんな気持ちで長男のうちに住むことはできない……現在、素子さんは次男のうちに厄介になっているといいます。
相続の際に実家は誰が相続するか……二次相続まで考えた際の税金の問題や、親が認知症になり売却するにもできないなどのリスクを考えると、子どもが相続するほうが有利、というアドバイスをよく耳にします。しかし子どもが相続した実家にそのまま残された親が住む場合、子どもが実家を売却してしまい、親は住むところをなくし途方に暮れる……そんな不都合が生じることも。そこで2020年4月に新しく認められるようになった権利が配偶者居住権です。
これは「夫婦の一方が亡くなった場合に、残された配偶者が亡くなった人が所有していた建物に亡くなるまで、または一定の期間、無償で 居住することができる権利」であり、残された配偶者は建物の所有権を持っていなくても居住権によって引き続き住み続けることができるようになったのです。居住権は配偶者の死亡によって消滅。通常の所有権に戻ります。
夫が亡くなった際、居住権を主張していれば、素子さんのようなトラブルは避けることができたかもしれません。
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