中学時代から短ラン、ドカン、リーゼント。治安の悪い街で育った筆者は、高校に入っても悪さばかりし、幾度も停学処分をくらいます。そんな筆者は、ひょんなことから17歳にして「マグロ漁船」に乗ることに……。菊地誠壱氏の著書『借金を返すためにマグロ漁船に乗っていました』(彩図社)より、筆者の実体験をみていきましょう。
(※写真はイメージです/PIXTA)
マグロ漁船に乗ってくれ…ハンバーガーを買いに行くだけで絡まれる〈治安最悪〉の街。家族想いな“喧嘩自慢の17歳”が「マグロ漁船員」となった理由【実話】
ブオンブオン!…同級生に見送られ、いざ出船
親父の運転するセドリックに乗り、お袋と3人で港に向かいました。あのときの恐怖は今でも忘れられません。本当に嫌でした。
港に着くと、農林高校の同級生の女の子たちが見送りに来てくれていました。いわゆる不良少女たちです。本当に嬉しかった。美和とマキコは同級生の中でも可愛かったです。
「せー、行ってらっしゃい!」
笑顔でそう言ってくれました。女の子が何人も見送りに来たのはこれが最初で最後でしたが、これだけでも嬉しくて、しばらくこの光景は目に焼き付いていました。
さらに、同級生の男たちが50ccの単車にまたがり5~6人現れました。農林高校の1年をシメていた不良の親友Mと、その仲間です。これも嬉しかったです。Mは小柄な男ですが筋肉モリモリで顔がイカツく、この日もリーゼントにしていました。喧嘩が強くて男気のある親友です。
「せーちゃん、ニンニクラーメン皆で積んだからな!」
カップラーメンを1箱プレゼントしてくれたのですが、これは出船のときの習わしみたいなものです。17歳の高校生がこんなことしてくれて、本当にありがたい気持ちでいっぱいでした。
そうこうしているうちに、そろそろ出船の時間がやって来ました。私はつなぎを着て、両親や同級生たちにしばしの別れを告げました。出船の音楽が流れます。おそらく軍艦マーチだったと思いますが、そこでみんなが手を振ってくれました。
私の同級生はみんなバイクに乗って、コールをかけながら港の端まで追走してくれました。
ブオンブオンブオンブオンブオンブオン!
みんなのコールが鳴り響いて、ちょっと泣きそうになったりもしましたが、とても嬉しくて、今でも忘れられない思い出です。
菊地 誠壱
元マグロ漁船員/Youtuber
