医療や福祉の現場は、「いじめが一番多いのに、もっとも対策が行われていない」業界だといいます。9年連続で職場いじめ相談がもっとも多く、2番目に多い業界との差は約2倍。さらに7割以上の職場がパワハラ対策に講じていないなど、その問題は根深いようです。ハラスメント対策専門家である坂倉昇平氏の著書『大人のいじめ』(講談社)より、実例とともに紹介します。
園長の「言い返さなきゃよかったね」に絶句…園児100人超の〈大規模保育園〉で起きた惨劇。正義を貫こうとした非正規職員の末路【専門家が解説】
園長の「お咎めなし」が園内にもたらした“地獄”
その後、園長からBさんが「お咎めなし」だったことを合図とするかのように、Aさんに対するいじめは、同僚の保育士全体に広がった。
Aさんの靴箱の名札が剝がされたり、泣いている園児をあやすために持ってきていた私物の人形がなくなったり、手作りした園児の名札もゴミ箱に捨てられたりした。犯人は誰かわからない。
園の全クラスを束ねる主任の保育士も、Aさんにだけ、資料を締め切りが迫るまで配付しないことや、行事の計画表を渡さないなど、情報を流してくれないことがあった。「Bさんに名前の呼び方で馬鹿にされるのがつらいです」と主任に相談したところ、次の日、Aさんの翌月の勤務表が真っ白に塗りつぶされ、シフトが抹消されていた。
断っておくと、同じ非正規のBさんが職場で力があるとか、会社の上層部にコネがあるというわけではない。
単に、自分がからかわれたり、同僚が怠けていたりするくらいで、わざわざ「いざこざ」を起こす非正規職員のAさんの方が、園にとっては「問題人物」であり、結果、みんなのストレスの「はけ口」として、あるいは追い出すべき「邪魔者」として、「いじめても良い存在」になってしまったのだ。
Aさんが標的になった「理不尽すぎる」背景
この園にはもう少し背景があった。園児への「虐待」の隠蔽である。
主任や正社員の保育士が、なかなか言うことを聞かない一部の園児を明かりを消した部屋に閉じ込めて、「教育」する習慣が常態化していた。
この保育園は、100人ほどの園児を抱える大規模保育園なので、保育士一人が見なければならない園児の数が多く、一人一人に手をかけていられない。そこで、「手のかかる」園児を物理的に拘束し、恐怖を与えて大人しくさせていたのだ。
主に閉じ込められていた園児は年長児で、自分が受けた被害を保護者に話すことができたため、虐待があったのではないかと保護者会で追及された。
園長は保護者に対して、「暗い部屋でプラネタリウムをしていた」と噓の説明をして乗り切ろうとしたが、さすがにそれでは収まらず、最終的には加害者の保育士たちを系列の別の保育園に人事異動させることで、問題をなし崩し的に終わらせた。
園長は、この対応について、「職員を守らなくてはいけない」と話していたが、Aさんは本当に守らなければいけないのは子どもの方なのではと思い、園長たちの発言に同調せず、懐疑的な素振りを隠さなかった。そうした態度も、園長や他の保育士がAさんを疎むことに拍車をかけていたようだ。