職場いじめに関してもっとも相談件数の多い医療・福祉業界。職員同士のいじめや施設利用者への虐待など、メディアやSNS等でたびたび問題となりながらも改善されないのはいったいなぜなのでしょうか。ハラスメント対策専門家の坂倉昇平氏が著書『大人のいじめ』(講談社)より、にわかには信じがたい職場いじめの実例と、その背後にある根深い闇を紹介します。

にわかには信じがたい「老人ホーム」「介護施設」の惨状…超高齢社会の日本で〈介護報酬引き下げ〉が繰り返された結果
とある老人ホーム・介護施設の惨状
入居者を虐待するか、自分がいじめられるかの2択
Kさんが勤務する老人ホームでは、複数の職員による誹謗中傷や「指導」と称したいじめが繰り返されていた。
その背景として、介護士のうちほぼ半数にあたる10名が、日常的に入居者を虐待していたことが挙げられる。徘徊する入居者には部屋の外から鍵をかけ、認知症や難聴の入居者に対しては耳元で怒声を浴びせる。オムツをきつくあてる影響で、嘔吐する入居者も続発していた。ベッドの上で腕をつかみ、力ずくで体の向きを変えられ、骨折した寝たきりの入居者も複数いた。
こうした介護に同調できない職員は、施設内で嫌がらせを受けるだけでなく、逆に虐待をしているという「クレーム」を法人に「告発」され、解雇に追い込まれそうになったこともあった。
多忙のなか、一部の職員たちの倫理観が失われたことで、入居者は杜撰に「管理」され、ストレスの「はけ口」となっていた。そして、こうした虐待の横行を法人は放置し、特段の対応はなされなかった。
Kさんは虐待の事実を自治体に通報。入居者全員から聞き取りが行われ、改善命令が出された。匿名の内部告発のため、Kさんが通報者だとは知られていない。しかし、命令後も、部屋の鍵を外からかける対応は続いているという。
不衛生な現状に苦情→いじめの標的に
介護福祉士の資格を持つLさんは派遣会社に登録し、100名以上が入居する介護施設で働くことになった。働く前のオリエンテーションでは、「感染症予防はきっちりしています」「看護師も常駐しています」と言われていた。
ところが、実際には看護師は常駐しておらず、排泄介助や清掃の際にも手袋をはめず、消毒液による手指消毒も行わない、不衛生な介護が常態化していた。このままでは、職員にも利用者にも、感染症が拡大する可能性が高い。あまりの不衛生さに、Lさんは派遣会社の相談窓口に、「話が違う」と苦情を伝えた。
すると、Lさんは現場リーダーの介護士から面談の呼び出しを受けた。改善されるのかと思いきや、「お前、外に漏らしただろ」「気に入らなければ辞めてもらっていい」と逆に𠮟られてしまった。
その後、Lさんを標的としたリーダーの介護士によるいじめが始まった。特に、わからないことを質問すると、「そんなことも知らねえのか」と当てつけのように𠮟責されるようになった。派遣会社に相談しても、「合わないなら仕方ない」「1ヵ月くらい、いてみたら」とつれない対応に終始するだけだった。
Lさんはうつ病を発症。病院でストレス軽減の薬を処方されており、病状が悪化しないうちに退職するつもりだ。