「お母さんの介護をできるのは私しかいない」。49歳で会社を退職した明美さん(仮名)は、そう決意して介護の道を選びました。十分な貯金があり、母への恩返しのつもりでした。しかし5年が経過した今、預貯金は底をつき、再就職の道も厳しい現実に直面しています。果たして明美さんに他の選択肢はなかったのでしょうか。今回は明美さんの事例を通して、介護離職についてFPの三原由紀氏が解説します。
娘だもの、面倒見てくれるわよね?…75歳母の言葉で介護に身を投じた貯金3,000万円“心優しきエリート娘”が数年後、破綻の影に脅えパート探しに「私の人生こんなはずでは」【FPの助言】
介護か仕事か、突きつけられた選択…「親孝行しなくては」
「お母さん、大丈夫よ。私がいるから」
東京都内のアパレルメーカーで総務部長を務めていた明美さんは、離れて暮らす母(75歳)の脳卒中発症をきっかけに、27年間勤めた会社を退職しました。当時、明美さんの貯金は3,000万円。母の年金と合わせれば、十分やっていけると考えていました。
一人っ子で、父はすでに他界。要介護3の母は、歩行も食事も一人では難しい状態でした。「後悔したくない」という一念で、介護に専念する決断を下したのです。
「自宅介護は想像以上に大変だよ。施設に任せたほうがいいと思うよ」親友が認知症の実母を看取った経験を話してくれました。症状が進むにつれて、妄想やトイレなど日常生活が困難になり、対処しきれなかったというのです。
率直な助言は非常にありがたかったのですが、明美さんには素直に頷けない事情がありました。脳卒中で倒れた母は、右半身麻痺と軽度の認知症を患い、要介護3に認定されました。年金収入は月15万円。これまで「お金の心配はしなくていい」と言い続けてきた母でしたが、介護施設の費用(入居一時金500万円、月額22万円)を聞いた途端、涙を流して訴えかけてきたのです。
「明美なら、私の面倒を見てくれるわよね?」
母の一言が明美さんの胸に深く突き刺さりました。いわゆる昭和の良妻賢母をよしとする価値観の中で生きてきた母は、介護保険制度がない時代に舅・姑の介護を一人で担ってきました。一人娘を頼りにするのは無理もないことかもしれません。
仕事一筋で生きてきた明美さんですが、孫の顔を見せてあげることができなかった、という罪悪感もあったのでしょう。親孝行をしておきたい、と気持ちが固まりました。